もやもやレビュー

夢の共演を邪魔する陰惨な要素『ロジャー・ラビット』

ロジャー・ラビット (字幕版)
『ロジャー・ラビット (字幕版)』
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 『ロジャー・ラビット』の権利が原作者の元へ返還されたという記事を目にした。映画『ロジャー・ラビット』(1988)はアニメーションと実写が凄まじいレベルで融合した作品なのだが、もともとはゲイリー・K・ウルフという作家による小説が原作。ディズニーが映画化のために権利を買い取り、その後も続編計画などのため所持したままだったのが、ようやく原作者自身に戻ったらしい。

 というところから、そういえば原作を読んだことないな、読んでみようかなと調べたところ、残念なことに未邦訳らしい。実際には講談社X文庫から小説版『ロジャー・ラビット』が刊行されているのだが、こちらはマーティン・ノーブル著、中尾明訳編となっており、どうやらウルフ自身の原作邦訳ではなく映画版のノベライズのようである。残念だが仕方ない。諦めて愉快な映画版を久しぶりに再見することとした。

 物語の舞台は1947年のハリウッド。アニメーション(トゥーン)のキャラクターたちが実在し、生身の人間たちと普通に交流しながらショービジネスを展開している世界。だがトゥーンの大スターであるロジャー・ラビットは、妻が浮気しているとの噂でNG連発。そこで雇われた探偵エディが調査していくと、その裏にはトゥーンたちの土地をめぐる陰謀が渦巻いていることが発覚する。

 というようなハードボイルドミステリー仕立ての物語はあるものの、本作の見どころは先に書いた通りアニメーションと実写の凄まじい融合。トゥーンが実写の小道具を持ち運んでいたり、生身の俳優がトゥーンに衣類等々を引っ張られたりと、CG以前の時代にどうやって撮影したんだこれ、というような場面が続出する。

 さらに主人公ロジャーやその周辺の数名は本作のオリジナルだが、脇を固めるのはディズニー、ワーナー、MGM、パラマウント、ユニバーサルなど、各社それぞれが抱える超有名キャラクターたち。本来であれば共演などあり得ない彼らが、本作では一堂に介するのである。

 似たような趣向としては『レディ・プレイヤー1』や『キャビン』といった作品も思い出すが、前者はあくまでも一般ユーザーが既成キャラのアバターを使っているという設定、後者は既成キャラを想起させつつも実際には権利関係を回避したパロディ。それに対して『ロジャー・ラビット』では、各キャラクターそれぞれがあくまでも本人として登場しているのである。声も制作当時のオフィシャル声優が担当しているし、普段からそのキャラクターを担当しているアニメーターたちが多数参加しているようだ。

 とにかく複雑すぎるであろう権利関係をクリアして実現に導いたおかげで、ディズニーのミッキー・マウスとワーナーのバッグス・バニーの共演という後にも先にも実現不可能であろう名場面も誕生。しかもここ、セリフや登場秒数を一致させて両者を同格扱いしており、バッグスのファンにとって大変嬉しいのではないか。

 と、とにかく映像的、技術的、権利関係的にとんでもない映画であり、そこを楽しめば十分ではあるはずなのだが、しかしそれでも気になっちゃうことはある。なんというか、結構陰惨なのである。

 エディにはかつて弟がいたが、頭上からピアノが落下して死亡。エディはそれが原因でアル中。また、死なないはずのトゥーンを殺す方法が登場し、実際に軽いお試しとしてあるキャラクターが消滅させられる様子がはっきり描写される。さらに、繰り返される殺人と、明るく楽しい存在であるはずのトゥーンを否定するかのような真犯人。どういうことなんだこれは。

 実はこうした陰惨な要素こそ、ゲイリー・K・ウルフの原作小説『Who Censored Roger Rabbit?』が本来持っているもののようなのである。といっても未邦訳なので、生成AIの力を借りて原作のあらすじを教えてもらったにすぎないのだが、原作では新聞連載漫画の主人公であるロジャー・ラビットが何者かに殺され、その捜査を探偵エディが行うことになるというところからスタート。エディは原作でもアル中。ロジャーは殺害される前に妻の浮気相手を殺害していたことが判明。また、ロジャーは成功のためにランプの精に頼っており、願いが叶った代償としてランプの精に殺されたのが事件の真相。と、原作のロジャー・ラビットはなかなかに生臭い欲望を抱えた存在であり、スヌーピーやガーフィールドといった新聞連載漫画キャラが多数登場するという映画版にも通じる要素はありつつも、相当に不穏な内容のようである。

 つまりは映画化にあたって新聞連載漫画をトゥーンに置き換えて大幅に脚色をしたものの、原作が持つダークな要素を払拭しきれなかったというのが、映画版における気になる部分の原因だったようだ。とはいえそれはそれで面白そうではある。原作者に権利が戻ったことで映画版の続編は消えるかもしれないが、ダークな原作の新たな展開はあり得るかもしれない。新たな展開もまた未邦訳のままかもしれないが。

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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