【無観客! 誰も観ない映画祭 第50回】『ガス人間㐧一号』

- 『ガス人間第1号』
- 本多猪四郎,木村武

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『ガス人間㐧一号』
1966年 東宝 91分
監督/本多猪四郎
脚本/木村武
出演/八千草薫、土屋嘉男、三橋達也、佐多契子、村上冬樹、伊藤久哉、左卜全ほか
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先月、ゴジラやウルトラマンの生みの親として知られる「特撮の神様」円谷英二が、世界的に権威のあるVES(ビジュアル・エフェクツ・ソサエティー)に殿堂入りして話題になりました。歴代の受賞者には、『月世界旅行』(1902年)で世界をアッと驚かせた「SFXの父」ジュルジュ・メリエス、『2001年宇宙の旅』で驚異的な特殊視覚効果を見せたスタンリー・キューブリック、説明不要のウォルト・ディズニーなどビッグネームが名を連ねています。それにしてもVESさん、半世紀以上前から世界に認められている円谷英二にしては、授賞が遅すぎやしませんか?
そんな円谷英二が東宝で手掛けた作品に「変身人間シリーズ」がありました。『透明人間』(1954年)、『美女と液体人間』(1958年)、『電送人間』(1960年)、『マタンゴ』(1963年)と続くSFホラーで、その最終作『ガス人間㐧一号』がシリーズ最高傑作と筆者は思っています。
行員の見ている前で体を煙状に変えて隙間に入り込み、厳重な金庫から堂々と金を盗んでいく「ガス人間連続銀行強盗事件」が発生します。デジタルでは味わえない、特撮職人技の変身シーンにはゾクゾクします。ガス人間を演じたのは、東宝特撮映画の常連・土屋嘉男。『電送人間』の中丸忠雄が「次のガス人間も君で」という東宝プロデューサー直々の御指名に対し、「もうオバケ役は嫌です」と拒否。中丸はその後ホサれたそうですが(汗)、共演した土屋嘉男に代役が回り、これが彼の当たり役となり代表作になったのは運命の巡り合わせでした。
ヒロインは、流派が絶えそうな落ち目の日本舞踊春日流家元・藤千代。演じるは、当時「お嫁さんにしたい女優ナンバーワン」八千草薫。宝塚で鍛えた技芸、しっとりした清楚な雰囲気。名作ドラマ『岸辺のアルバム』(77年)での、従来の清純イメージを覆した不倫主婦役は話題になりました。冒頭で踊りの稽古を終えた藤千代が般若の面を外すと、その素顔に銀行強盗捜査中の刑事(三橋達也)がポーッと見惚れるシーンがあります。同じく筆者も「お、お美しい......」と見惚れてしまいました。
そんな藤千代にある日、冴えない図書館司書の水野(土屋嘉男)が「私の田舎の土地を売った金で、春日流を再興してください」と近づきパトロンになります。実は水野、マッドサイエンティストの口車に乗せられ怪しい研究の人体実験台になり、失敗により体の細胞がガス状に変質するガス人間になっていたのです。大学受験に航空自衛隊のパイロットと、ことごとく不合格だった挫折の人生から一転、超人的な能力を得た水野はスーパーマンになったかのごとく慢心します。アイドル視する美人家元の太ヲタになるため、銀行強盗を繰り返しては金を手渡していたのです。
そうとは知らない藤千代は各方面に大金をばら撒き、再興に向けて発表会の準備を始めます。だが使った紙幣の番号から盗まれた金と発覚、藤千代は逮捕されてしまいます。そこで水野は大胆にも警察署に現れ「彼女は無罪です。僕がガス人間です」と目の前で変身し、藤千代の釈放を要求します。水野は新聞社にも現れ、藤千代との仲を訊かれて「ガス人間になったから付き合えるのです。金の掛かる人だ......」と彼氏ヅラして調子こいてます。マスコミは2人を男女の関係と報道しますが2人に肉体関係はないと筆者には思えるのです。すでに鬼籍に入った脚本家ほかスタッフの証言が見つからず、あくまで個人的な解釈ですが。水野が藤千代から違法行為を非難されると「君は僕をうんと利用すればいいんだ。他に望みはない。君の舞台を世間に認めさせてやりたいだけだ」。この台詞にほだされた藤千代が、水野の胸に顔を埋めるのが精一杯と感じます。藤千代は水野に笑顔は見せず、デートどころか成人向け映画なのにキスシーンもありません。哀しいかな水野は、藤千代が自分の愛に応えるつもりはないと解っているような口ぶりなのです。
さて、神出鬼没で銃撃が効かない水野を逮捕不可能と悟った警察は、怪物として退治する作戦に切り替えます。藤千代の発表会のチケットを警察が全部買い占め、開催ホールに無害無臭の可燃性ガスを充満させ、爆破しようという作戦です。だが藤千代と鼓師の爺やは、警察から避難を促されても頑として舞台から降りません。この最後まで残ってくれた爺や役の左卜全(ひだりぼくぜん)がイイ味出していて、知らない人はネット動画で彼が歌う大ヒット曲『老人と子供のポルカ』を見てください。脳ミソ溶けますよ(笑)。いずれにせよ狡猾な水野が起爆装置を事前に外し、作戦は失敗に終わります。ここからは壮絶な結末のネタバレです。
邪魔者はいなくなり、藤千代は唯一の客である水野に向けて、一心不乱に演目「情鬼」を踊ります。終演後、抱擁を交わす2人。涙を一筋流す藤千代は、覚悟して舞台にチョコンと座っている爺やに笑みを向け(小さなシーンですが泣けます)、背中に回した手に隠し持っていたライターをカチャッ。ホールは「ドカーン!」と大炎上。『ウルトラマン』の主題歌を作曲した宮内國朗による悲壮感溢れる曲が、終幕を劇的に盛り上げます。外にいる警察やマスコミ、群衆が見守る中、会場からズルッ、ズルッと這い出てくる煙をまとったズタボロのスーツ。ガス人間の断末魔です。それは黒焦げの水野の顔に戻り、息絶えたその右手には藤千代の着物の欠片が握りしめられていました。
本作品は東洋的な要素が欧米で大ヒットし、アメリカ製作の続編『フランケンシュタイン対ガス人間』が企画されました。「奇跡的に生きていた水野が藤千代を蘇らせるため、渡英してフランケンシュタイン博士を探す」というブッ飛んだ内容でしたが、残念ながら企画は流れました。観たかった気もしますが、ゲテモノの予感しかなく1作目を上回るエモさは期待できなかったことでしょう。
【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。

