美しい田舎が抱える闇『理想郷』

　旅行で訪れた土地に恋して、移住を検討した人は少なくないでしょう。映画『理想郷』の主人公となるカップルもまた、旅先で訪れたスペインの田舎町で夜景に恋して移住を決意。しかしその移住は"最悪の決断"だった......。第35回東京国際映画祭で最優秀作品賞を受賞した本作は、なんとスペインで実際に起きた事件を基にしており、閉鎖的なコミュニティで暮らす難しさや残酷さを描いています。

　フランス人夫婦のアントワーヌとオルガは、スペインの閉鎖的な村に移住。娘や孫と離れ、市場で売る野菜を自分たちで栽培し、廃屋を修理しながら生活していました。しかし、村人の多くは夫婦を歓迎せず、とくに隣人の兄弟との関係は最悪で、敵意は日に日に強くなっていきます。アントワーヌは、自分たちを守るためにビデオで嫌がらせの証拠を録画することを決意。しかし、関係はどんどんと悪化し、さらには予期せぬ事件が発生してしまいます。

　前半はアントワーヌ、後半はオルガを中心に描いた本作。監督のロドリゴ・ソロゴイェンは、脚本をイザベル・ペーニャと共同で執筆しており、夫婦それぞれの視点から見た閉鎖的村を暗いトーンで描き、長い間蓄積してきた憎悪などが徐々にエスカレートしていく緊張感たっぷりなシーンも多く含んでいます。見た後は確実に気分が落ちる。そんな鬱映画でもありますが、その一方で少し詩的でもあり芸術的であってリアル。人間の心理を見事に描くスリラー映画としての完成度はとても高く鑑賞後には圧倒されました。2022年のゴヤ賞で主要9部門も受賞するなど、各国で称賛されている理由が本編の最後にわかるはず。

（文／トキエス）