もやもやレビュー

「犯人はヤス」以上にネタバレ注意『オリエント急行殺人事件』

オリエント急行殺人事件
『オリエント急行殺人事件』
Sidney Lumet,John Brabourne,Richard Goodwin,Paul Dehn,Albert Finney,Lauren Bacall,Ingrid Bergman
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 ガンダムシリーズの新作『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』のテレビ放送開始に先駆け、一部話数をまとめた劇場版『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』が公開中だ。名作OVA『フリクリ』のメインスタッフが手がけているというのと、そもそも(全作ではないけど)ガンダム好きでもある筆者としては期待するのだが、公開直後からネタバレがどうこうという見出しがやたらと目に入る。となるとネタバレされないうちに見ておいた方が良いのだろうが、そもそもネタバレ云々という話をすることで、ネタバレにあたる内容を含んでいる、ということをネタバレされているわけで、ちょっとどうなのそれ、と思ったりする。

 そもそも「ネタバレ」といっても作品によって何がネタバレにあたるのかは異なると思うのだが、そうした中で一番わかりやすい「ネタバレ」となると、いわゆる犯人当てミステリーにおいて犯人が誰なのかを伝えてしまうこと、であろう。

 そんなことを思いながら、かつてテレビ朝日の「日曜洋画劇場」で放送時に見て以来の『オリエント急行殺人事件』(1974年版)を数十年ぶりに再見した。本作はイスタンブールからパリへ向かうオリエント急行の車内で殺人事件が起こるのだが、たまたま乗り合わせていた名探偵ポアロが事件を推理、解決に導くというもので、それだけなら大掛かりな場面設定とはいえいわゆる普通の推理ものなのだが、映画化にあたり容疑者全員に往年の名優を揃えたオールスターキャスト、衣装もセットも超豪華で、見せ物としてもバッチリの、満足度の高い一本となっている。

 本作の成功を機に、ポアロ役はアルバート・フィニーからピーター・ユスティノフに交代しながらもシリーズ化(『ナイル殺人事件』『地中海殺人事件』『死海殺人事件』)されたほどであり、現在もつづくその他多数のアガサ・クリスティ原作の映像化作品について語る際にも絶対に外せない作品ではなかろうか。

 それだけに、再見ゆえに真相解明時の衝撃を味わえなかったのは残念な限り。クリスティー文庫版『オリエント急行の殺人』(早川書房)の解説で有栖川有栖氏が書いているように、本作の真相は犯人当てミステリーの中でも甚だしく「掟破り」なもので、そのインパクトは一度知ったら何年経とうがすぐに思い出せるレベル。すっかり忘れて再見したかった、というのは一生叶わぬ願いだ。

 そこで思い出したのが、筆者の友人Aくんのことである。Aくんは読書に憧れはあるものの、どうにも本を読むのが苦手なのだという。その原因となっているのが『オリエント急行殺人事件』。Aくんは高校時代に読書に挑戦と原作を読み始めたところ、先に映画版を見ていた友人Bが「それ、****が犯人だよ」といとも簡単にネタバレ。Aくんは途端に読書意欲を失い、そのまま現在に至る、というわけである。

 筆者はのちにネタバレ野郎Bとこの件について話す機会があったので、そういうのは良くないだろうと注意したところ、「良い作品というのはネタバレに関係なく楽しめるものだ」などと言われてしまった。確かにその意見も一理なくはないのかもしれない。映画『オリエント急行殺人事件』もオールスターキャストと豪華なビジュアルという見どころ満載で、犯人を知りながらも再見に耐え得る作品ではあるし、これだけ有名作にも関わらず以降幾度も映像化リメイクが存在しているし。

 とはいえ、だとしても、この作品の場合、読者や観客にとっての一番の興味はやはり犯人は誰なのか、である。そんなこと、普通に見たり読んだりしているならわかるだろ、このボケが。もし本当にその言い分を正しいものと認識しているのなら理解力が足りなすぎるし、そうでなければ単なる言い訳に過ぎないし性格が悪いだけである。だいたいAくんの人生から読書の楽しみを奪ったのは非常に大きな罪だ。

 そんなわけで読者諸兄にはネタバレには注意していただきたいものであるが、筆者がこうして普段からネタバレやめてと友人知人に言いがちであるゆえ、別の友人からは「****見た?」とタイトルだけ告げられ、「見てない。そもそも知らない」と返すと、「見て!」とだけ言われてしまい、「薦めるならせめて見たくなる情報をくれ」と言えば「あんたネタバレ嫌いでしょ?」とタイトル以外の情報を結局教えてもらえず、そのことにイライラしてタイトル検索すらしないでいたら、薦められた作品がなんだったかすらわからなくなってしまう、ということもあった。基準は人それぞれかもしれないが、こういう場合のネタバレはこれ、ああいう場合はそれ、というようなところまで含めてネタバレというものを考えていただければ幸いです。それこそポアロが解答を複数用意してくれた優しさを見習って(これ自体が若干ネタバレ)。

(文/田中元)

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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