思いやりって、胸熱。『タンジェリン』
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- キタナ・キキ・ロドリゲス,マイヤ・テイラー,カレン・カラグリアン,ミッキー・オヘイガン,アラ・トゥマニアン,ジェームズ・ランソン,ショーン・ベイカー
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ここぞというときに自分のあれこれを横にやり、友達を優先する姿を映画に見ると、決まって胸が熱くなる。ショーン・ベイカー監督『タンジェリン』(2015年)に登場する娼婦のシンディ(キタナ・キキ・ロドリゲス)とアレキサンドラ(マイヤ・テイラー)はまさにそんな間柄だ。
先におおまかなあらすじを話すと、シンディが彼の浮気をアレキサンドラから聞きつけるところから始まり、相手を見つけて彼に突きつけてやる!という目的のもと突進する。割とワイルドな物語だ。
胸熱なのは、見つけた浮気相手を彼のもとに連れて行こうとする最中に、アレキサンドラがバーで歌を披露する時間だと思い出す辺りだ。シンディは一旦彼のことを忘れ、慌て気味に浮気相手とバーに向かう。歌手を志すアレキサンドラからするとできるだけ多くの仲間に来てほしいところだが、実際に来たのはシンディだけだった。しかし、だから何よとでも言うばかりに、彼女は「アレキサンドラ、最高!ほらあんたも拍手して」などと言い、徹底的に盛り上げている。思いやりの厚さを感じ、誰も来なかったことの悲しさが一気に吹き飛ぶようなシーンなのだ。
ちなみに思いやりといえば、映画作りにおいても大切だ。監督が思いやりを持ってキャストと接している姿勢が垣間見えると、作品への愛情は増し増しになる。特に自分の属さないコミュニティについて語るとき、当事者とどう向き合うかは気になるところである。
本作が繰り広げられるのは、ハリウッドの知られざるトランスジェンダー中心の赤線街だ。シンディとアレキサンドラは役柄に限らず現実でもトランスジェンダーで、この赤線街もよく知っている。一方のベイカー監督は、ロサンゼルスに引っ越すまでこの場所のことは一切知らなかったという。あえて、ここを映画の舞台に決めたのだ。とはいえ彼はコミュニティに属さないうえにシスジェンダーかつ白人という特権的な立場でもある。勝手に物語を作るわけにはいかないと現地に足を運び、生活者に声をかけ、泥臭くリサーチを重ねた。シンディ役のキキとアレキサンドラ役のマイヤとは、そのときに出会った。そうしてプロジェクトに興味を示したふたりの力を大いに借り、作り上げられたのが本作だ。自分の意見を押し通すよりも、彼女たちの実体験をいかに描き切れるかを優先し、台詞から構成、流す音楽まで彼女たちの意見を取り入れた。こうして、まだまだ数としては少ないトランスジェンダーの世界を映した作品が誕生した。泥臭いベイカー監督の姿勢もまた、胸熱といえる。必見!
(文/鈴木未来)