【無観客! 誰も観ない映画祭 第33回】ロジャー・コーマン追悼企画その2 『金星人 地球を征服』
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- ピーター・グレイブス,リー・ヴァン・クリーフ,ビヴァリー・ガーランド,サリー・フレイザー,チャールズ・B・グリフィス,ディック・ミラー,ロジャー・コーマン
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〜追悼 「B級映画の帝王」ロジャー・コーマン〜
今年5月9日、「B級映画の帝王」「低予算映画の巨匠」といった異名を恣(ほしいまま)にしたハリウッドの名プロデューサー、ロジャー・コーマンが死去しました(享年98歳)。『アッシャー家の惨劇』(60年)などのエドガー・アラン・ポー原作作品を数多く手掛け、無名時代のジャック・ニコルソンが出演していた『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(60年)、デヴィッド・キャラダイン主演でブレイク直前のシルベスター・スタローンも出ていた『デス・レース2000年』(75年)など、SF・ホラー・アクションを中心に300本を超える作品をプロデュース、うち50本を自ら監督しました。彼に見い出された、というより安い賃金でコキ使われた(笑)若手スタッフ・俳優の中には、ジェームズ・キャメロン、マーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラ、スティーヴン・スピルバーグ、ジャック・ニコルソン、ピーター・フォンダ、ロバート・デニーロなど錚々たる顔ぶれが牙を磨いていたのです。このコラムではその偉大な業績に敬意を表し、数回に渡って作品を紹介していこうと思います。
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『金星人 地球を征服』
1956年・米・71分
監督/ロジャー・コーマン
脚本/ルー・ラソフ、チャールズ・グリフィス
出演/ピーター・グレイブス、リー・ヴァン・クリーフ、ビヴァリー・ガーランド、サリー・ブレイザー、ディック・ミラー、ジョナサン・ヘイズほか
原題『It Conquered the World』
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今回は前回の『金星怪獣の襲撃』以前にロジャー・コーマンが監督した作品を、金星繋がりで紹介します。作品はもっぱら、登場するモンスターの魅力に尽きます。モンスターといっても正体は金星人なのですが、ウルトラマンやゴジラなどによる1960年代後半の社会現象「怪獣ブーム」の渦中にいた子供達は、少年誌や怪獣図鑑に掲載された「金星ガニ」のクリエイティブかつラブリーな姿に大きなインパクトを受けました。ストーリーは結末まで書きますので、これから作品を観たい方はご注意ください。
海外製のスタチュー(硬い素材のフィギュア)。映画はモノクロだが、実は蟹のように赤かった!
ある日、天才科学者のアンダーソン博士(後にマカロニ・ウエスタンの大スターとなるリー・ヴァン・クリーフ)が親友のネルソン博士(後にドラマ『スパイ大作戦』で大ブレイクするピーター・グレイブス)に、「実は地球を救済してくれると言う金星人と交信してるんだ」と打ち明けます。アンダーソン博士の奥様は夫がおかしくなったと思い「やめて!」と泣いてしまい、ネルソン博士も「天才と何とかは紙一重だな」と嘆きます。アンダーソン博士は宇宙からの電波をキャッチする機械を自宅に設置したところ、金星人のメッセージを受け取るようになり交信を始めていたのです。
やがて金星人は人工衛星を乗っ取り地球に侵入し、郊外の洞窟に身を潜めます。実は金星は噴火によるガスで生物が棲めない星となり、地球侵略を企てていたのです。手始めに金星人は、アンダーソン博士に洗脳すべき町の要人(将軍、保安官、町長夫妻など)をリストアップさせ、その中にはネルソン夫妻も含まれていました。親友まで売った博士は、もはや洗脳されたも同然です。カニのような手を持つ奇怪な姿を現した金星人(以後、金星ガニ)は、トビエイみたいな小型メカを次々と飛ばします。これらがアンダーソン博士の選抜した人物の首筋に針をプスッと刺すと、金星ガニの意のままに操られるのです。やがて地球の危機に気付いたネルソン博士は、「君は全人類を悪魔に売った裏切り者だ!」とアンダーソン博士を責め、奥様も「アナタ、目を覚まして!」と泣き叫びます。喧嘩別れとなりネルソン博士が帰宅すると、すでに愛妻は洗脳されていました。ここでネルソン博士は、何の策も打たず短絡的に妻を銃殺します。これだからアメリカの銃社会ってイヤです。
一方アンダーソン博士がネルソン博士を殺すためライフルを用意すると、「親友を殺すの?!」と今まで泣いてばかりいた奥様がブチ切れキャラ変します。交信機で金星ガニに「待ってなさい! 私が殺してやる!」と怒鳴りプロレスラーのようにマイクを叩きつけ、旦那からライフルを奪い猛スピードで車を走らせます。アドレナリン出まくりの奥様はプンスカしながら洞窟の奥へ入っていき、金星ガニを見つけると「この醜いバケモノ! さあ、かかってきなさい! 地獄へ行け!」。しかし分厚い装甲に弾丸は跳ね返され、ハサミ攻撃で殺されてしまいます。同時刻、妻を失ったネルソン博士がアンダーソン家に殴り込んでいると、交信機を通じてアンダーソン夫人と金星ガニのやり取りが生配信されています。慌てて2人は争うのをやめ、洞窟へ急行します。
その頃、森の中で待機していた兵隊さん達が、洞窟から聞こえる女の悲鳴を聞きつけ金星ガニに攻撃を始めます。だが地球の銃火器では金星ガニには通用せず、兵士の半数が殺されたところへガスバーナーを抱えたアンダーソン博士が到着します。博士は「せっかく招待してやったのに」と、金星ガニの右目をガスバーナーでジュ~と焼きます......え? 死んだ⁉ 金星ガニもハサミで博士の首を挟み込んでいて、互いに相討ちとなって果てるのでした。
このガスバーナーによる退治シーンですが、映画検閲にうるさいイギリスでは公開前に動物虐待ではないかとイチャモンを付けられ、「侵略者だからイイでしょ?」と許してもらったそうです。さて金星ガニの造形は、同時期に『暗闇の悪魔 大頭人の襲来』(57年)の大頭人などコーマン作品で数々の名モンスターを生み出した視覚効果アーティストのレジェンド、ポール・ブレイズデル。自分で中に入って腕を動かすワイヤー操作をしました。だが当初コーマンは、地球より重力の強い金星では(実際はほぼ同じ)金星人の背は低くなるだろうと、平べったいムカデみたいなデザインをしてブレイズデルに作らせました。だが自分より背の低い金星ガニを見たアンダーソン博士夫人役のビヴァリー・ガーランドは「コイツが地球を征服に?」と嘲笑いながら足蹴にしました(まあ、はしたない)。そこでコーマンはヒロインにナメられてはと思い直し、顔の上に三角錐の頭部を追加して人間より高くしたわけでした。
驚くことにこの金星ガニ、実は高い知性を持つキノコ、しかも女性という設定だったのですが、その形状からアメリカでは「キュウリ型モンスター」「アイスクリームコーン」などと呼ばれていました。これを「金星ガニ」と名付けて日本のメディアで紹介したのが、怪獣図鑑の生みの親でSFジャーナリストの大伴昌司。しかし作品は10年前の日本未公開映画で、当時はVTRを取り寄せて視聴してから記事を書くなんてできなかった時代。大伴昌司の金星ガニに関する記述を読むと、姿からすれば無理もないのでしょうが宇宙怪獣にされています(汗)。『図解・怪獣図鑑』(秋田書店)によると、「背丈10メートル、足は50本。気が荒くケンカが大好きで、地球からやって来る金星探検ロケットを待ち構えてウロウロしている」。また『週刊少年マガジン』1967年5月14日号(講談社)では、「100本の足を持ち、身長3メートルから10メートル。人間を食べる」と、足の数が倍になっています(笑)。作品は70年代に東京12チャンネル(現・テレビ東京)で放送され、80年代にVHSビデオが発売されました。それを観るまで我々は大伴昌司のハッタリ記事を鵜呑みにしていて、実は金星人で、まさかガスバーナーでやられちゃうとは思ってもみなかったわけです。
【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。