もやもやレビュー

東京都知事選の混乱で連想する『26世紀青年』

26世紀青年 (字幕版)
『26世紀青年 (字幕版)』
Luke Wilson,Maya Rudolph,Dax Shepard,Mike Judge
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 東京都知事選が告示され候補者ポスター掲示がスタートした6月20日、SNSを開いたら全くもってどうしようもない状況を報告する投稿が多数流れてきた。誰がとかどの政党がとかどういうものなのかなどということはすでに報道されているので割愛するが、まあ実に酷い有様である。

 仕掛けた当人たちはルールの範囲内だ、合法だと言い張っているのだろうが、単に違法とされていないだけで、せいぜい脱法ってものだろう。脱法なら脱法で、繁華街の裏通りでコソコソ売られているドラッグならまだわかるが、それを恥ずかしげもなく公然と行なっており、口だけ達者な小中学生の本人は頓知のつもりの使い古された屁理屈を聞かされている気分というかなんというか、しかもそれをやっているのは大の大人で、世も末といった感じである。

 こうした愚かしさが蔓延する状況を目にして筆者が連想し、SNS上でも少なくない方々が指摘しているのが、アメリカ映画『26世紀青年』だ。邦題は当時大人気だった浦沢直樹の漫画『20世紀少年』のパロディであり、DVDではジャケットにご丁寧に「ばかたち」の副題もある。もちろん『20世紀少年』の黒幕「ともだち」のもじりだ。ちなみにパロディとなっているのは邦題だけで内容は無関係なので注意。

 『26世紀青年』は、冷凍睡眠実験の被験者となった男女が、1年後に目覚める予定がバカバカしい手違いによって500年が経過、その間に人類から知性が失われていた、というSFコメディである。

 未来世界での知性の失われ具合はなかなか凄まじく、テレビも映画も下ネタばかり、有名飲食店は性風俗店に鞍替えし、作物には水の代わりにスポーツドリンクを与えているため何も育たず食糧難、大統領はマッチョなだけの役立たず、問題は山積みながら誰一人解決策を持たず、世界の荒廃はとどまるところを知らない。

 そんな中、冷凍睡眠から覚めた主人公は、21世紀当時はほとんど頼りにならない人だったのに、今や世界一の天才となってしまいあらゆる問題解決に駆り出されてしまう。どうなる人類!

 と、そんなくだらないディストピアを描く本作を、現実のくだらないポスター騒動を含むあれこれから連想してしまうのもお分かりいただけるかと思う。だが、現実はこの映画の未来像を超えた悪夢に直面しているとも考えられる。作中では500年後として描かれた愚かさに、現実はわずか20年弱(本作は2006年の作品)で追いついてしまったのもそうだが、愚かに見える現実の根幹には、本作に登場しない悪意があるためだ。

 『26世紀青年』の人々は揃いも揃って愚かな連中ばかりだが、愚かなだけで、誰もが善人ばかりだ。しかし今回の騒動の仕掛け人たちはどうか。彼ら自身が愚かに見えるものの、実際には愚かな善人を扇動しようという邪悪な意図の上でのパフォーマンスではないのか。『26世紀青年』はなんだかんだで笑って楽しめる風刺コメディだが、現実の扇動者たちがしているのは下品で不快極まりなくセンスのかけらもない悪ふざけだ。騒動から『26世紀青年』を連想したが、両者は全く異なる。クリエイターに対し、連想してしまったことを申し訳なく思うほどに異なる。
 『26世紀青年』の後半、主人公は作中のような未来を作り出さないための、極めてシンプルな提案を口にする。
「本を読め、学校に行け、頭を使え」

 反論もあるだろう。特に「学校に行け」に対しては脊髄反射的な拒否反応もありそうだ。だが、これは「勉強しろ」「学べ」などの言い換えに過ぎない。いずれにせよ、作中のみならず、この現実世界でも扇動者に唆されないための有効な手段なとして応用できるのも間違いないだろう。誰に投票しろとかするなということを言いたいわけではないが、都知事選に限らず、ちゃんとした人を選んでちゃんとした社会を作っていただきたい、ただそれだけなのである。

(文/田中元)

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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