もやもやレビュー

安住の地を目指すSNS大移動に近い気分の西部劇『幌馬車』

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 差別発言を表現の自由などと公言して憚らないアウトロー気取りや、目先のエサに釣られて人心を失ったゾンビ紛いの蔓延で、世界には暗雲が立ち込めた。通報システムは形だけで役に立たず、彼ら危険性を孕む者たちは放置されることで自らの存在を認められたと解釈し、野蛮な本性をより露わにして暴れ回っている。

 こうした実情に危機を感じた者たちによって新たな世界の創造がいくつか試みられ、賛同する人々は静かに移動を開始した。中でも従来の世界の黎明期に近い印象を持つひとつが、これまで必要だったビザを廃止したことで、より多くの人々が青空の見える新天地へと向かった。

 これが一週間ほど前から現在にかけて起こっているSNS界隈の出来事である。もちろん筆者の私見だが、あながち間違ってはいないと思う。

 1950年の『幌馬車』は、1939年の『駅馬車』以降、『怒りの葡萄』『荒野の決闘』『黄色いリボン』ほか、名作を連発してのりにのっている時期のジョン・フォード監督による西部劇だ。西部劇といえば保安官と悪漢との決闘であったり、騎兵隊の活躍であったり、あるいは先住民との軋轢であったりといったものを連想するかもしれない。だが本作は、新天地を求めて幌馬車隊で移動するモルモン教徒の一団と、その案内人となったカウボーイ二人組、道中で偶然拾われる芸人一座の旅路を、いくらでも劇的になりそうなところを抑えに抑えてほのぼのと描く、また違うタイプの作品だ。

 中盤、幌馬車隊を隠れ蓑とする強盗団も現れることでそれなりの緊張感も加わるのだが、それが殊更に強調されることはない。実際、クライマックスでは強盗団との衝突があるものの、勝敗は非常にあっさり決してしまう。作品の売りはここじゃありませんよ、と宣言しているかのようだ。描かれるのは新天地への希望に満ちた旅そのもの、それが『幌馬車』という映画の特徴であり魅力である。

 今起こっているSNS大移動の流れに乗っている人々の大半は、『幌馬車』で新天地への希望とともに旅を続ける人々にかなり近い気分なのではないか。不安などはほとんど持たず。少なくとも筆者はそう感じた。

 しかしながら希望溢れる新天地も、人口増加とともに、あるいは時間経過とともに、いずれは好まぬ方向へと変化していかないとも限らない。実際、旧世界における蛮族の親玉格が一人、新天地へ出没したとも聞く。だが、その人物は最初からフルスロットルでこれまでと同様の発言をした結果、運営側から半日足らずで警報を鳴らされ警告を受けたらしく、今のところ青空に翳りは見えない。もちろん平和のためと称した管理社会の行き着く先もディストピアだが、危険を放置するのもまずい。今後、新天地では都度都度そのバランスが議論されることとなるだろう。何度でも繰り返し耕して、安住の地となってくれることを願う。

(文/田中元)

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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