もやもやレビュー

『ザ・ホエール』理解のための読書のための映画版『白鯨』

『ザ・ホエール』 TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中

 今年のアカデミー賞で主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した『ザ・ホエール』を見た。事前情報をほぼ入れておらず、タイトルのホエール=クジラは特殊メイクでどーんとした体型になっているブレンダン・フレイザーのことを示しているのだろう、程度のことすら、映画が始まってからようやく頭をよぎったぐらいに何も考えずの鑑賞で、こうした場合は素直に受け止めて感動的なお話だったな、で終わったりするのだが、しかし後で思い返すと、単に「感動的なお話」で済ますには引っ掛かりが多い。おそらく映画の作り自体が観客を「感動的なお話」へとミスリードしているのだろうと思うが、その辺りを読み解くためのヒントなのではないかと想像するのが、タイトルにもつながる、劇中で何度も触れられるハーマン・メルヴィルの文学作品『白鯨』である。

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 『白鯨』は過去に何度か読もうと思って古本で入手だけはしながら未読のままだ。さっき本棚を漁ったところ、筑摩書房「世界文学全集」版(阿部知二訳・1970年刊)と集英社「世界文学全集ベラージュ」版(幾野宏訳・1980年刊)の二冊が見つかった。読もうという気持ちだけは強かったようだ。

 後者の解説(『メルヴィル 破滅への航海者』などの著書があるアメリカ文学者の杉浦銀策氏執筆)によれば「『白鯨』の古典的退屈ぶりは超一流」とのことで、読もうと思いながら読めずにいるのも仕方なさそうだが、「この超一流の退屈ぶりは、『白鯨』が、イシュメイル嘆くところの、捉えどころのない怪物としての巨鯨のようなものであり、その鯨の腹の中に古今東西の万巻の書物を蔵しているということに由来する」(どちらもp579)とも記されており、死ぬまでに一冊しか読めないなら『白鯨』を選んでおけばあらゆる本を読んだことになるのでは? という錯覚すら起こし、やっぱり読もう、読まなければ、という気にもさせられる。

 だからといって気軽に読めるかというと全然そんなことはないわけで、事前準備として、おおまかな内容を把握するために映画版を見ることとした。幸いなことに有名作品だけあって何度も映画化、ドラマ化されており、中でも決定版的作品がある。名匠ジョン・ヒューストン監督、幻想SF作家レイ・ブラッドベリ脚本というすごいコンビによる1956年の『白鯨』だ。しかもあの分厚い原作を用いながら2時間弱。これは見やすそうである。

 冒頭、若者イシュメイルが捕鯨船に乗り込むため港町へやってきて、鯨取りのための教会へ向かう。するとオーソン・ウェルズ扮する見るからに貫禄のある神父が壇上に現れ、もったいぶった感じで演説をする。このもったいぶった感じこそが『白鯨』だ! と期待が高まる。イシュメイルは捕鯨船に乗り込み、他にも荒くれ者たちが続々集まりいざ船出。その間、白鯨モビー・ディックに片足を奪われた執念の男エイハブ船長は、噂にはのぼるものの足音を響かせるだけで姿を表さない。『ザ・ホエール』では『白鯨』について「いろんなことを先送りにしている」というような指摘がされていたと記憶するが、それこそ自分の求める『白鯨』の魅力だ、などとも思う。

 が、残念ながら、こうした期待はこの辺りまでなのであった。エイハブ船長は絶対的な貫禄、それこそ冒頭に登場するオーソン・ウェルズぐらいの存在感であって欲しいのだが、この映画でエイハブ役を担当するのはグレゴリー・ペックなのである。もちろん彼も名優なのは間違いないのだが、まだまだ若く(撮影当時40歳手前)、二枚目俳優がメイクで頑張っているという印象だ。さらに以降、映画もあらすじを伝えるばかりで、エイハブとモビー・ディックの間にある確執やら、他の船員たちの追い詰められた感じやらも感覚的にはよくわからない。

 とはいえ本作を鑑賞したのはあくまでも長大な原作を読むためのものなので、これはこれで良いと考えるべき、なのだろうか。ただなんとなく、『ザ・ホエール』は主人公≒モビー・ディックに、周囲の人々≒エイハブや船員たちが挑むという構造なのかな、とわかった気になったのだが、しかしダーレン・アロノフスキー監督のインタビュー(https://theriver.jp/the-whale-aronofsky-interview/)を読んだら、主人公≒モビー・ディックとは考えていない、なる発言があり、自分の読解力に自信を失ってしまった。原作『白鯨』はそのうち読みます。

(文/田中元)

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『ザ・ホエール』
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
配給:キノフィルムズ
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田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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