ガラスの靴ならぬあるモノの持ち主探し『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』
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タイの首都バンコクのメークロン線路市場は、左右に立ち並ぶ商店が線路上にまで商品を置いている、地元民にとっては重要なマーケットにして旅行者にとっては有名な観光名所だ。線路は現役で利用されているため、列車がやってくると人々は一斉に商品を片付け左右に待機するのを繰り返す。
メークロンに限らず、線路上を生活圏の一部としているケースは他にもあるようで、『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』では、アゼルバイジャンの田舎町がそうした場所として登場する。
主人公は老運転手。列車が来る前に片付け損ねた洗濯物やおもちゃなどが車両に引っかかると、その日の勤務終了後、線路を歩いて持ち主へ届けるのが日課だ。作品は全編、現場音やBGMはあるものの台詞が一切なく、牧歌的な風景と牧歌的な人々が織りなすやりとりは、国は異なるがイランのアッバス・キアロスタミ監督作品のような、なんとものどかな雰囲気だ。
この牧歌的でのどかな雰囲気は基本的に映画の最後まで貫かれているのだが、しかし本当に牧歌的でのどかな物語とだけ受け止めて良いのかどうかは、主人公が定年退職するあたりから少々疑問に思えてくる。列車に引っかかったものの持ち主が見つからないモノが一つあり、主人公は退職後、線路沿いの家を片っ端から訪問して持ち主を探すのだが、そのモノというのがブラジャーなのである。なんとなくハートウォーミングな内容を連想させるタイトル『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』は、持ち主不明のブラジャーそのものを意味していたのだ。原題も『The Bra』。そのまんまである。
主人公は各家庭のドアをノックすると、現れた女性陣に「これはあんたのか?」という意味でブラジャーを突きつける。先に書いたように本作は台詞がなく、本当にこの通りの行動が無言で行われる。現実ならば即通報案件だ。幸いなことに本作はこうしたこともユーモアとして処理されるよう演出されているので、女性たちも割とすんなり受け入れて、中にはブラジャーを着用してサイズ確認する人もいる。シンデレラのガラスの靴の持ち主探しの下着版だ。
とはいえ、やっぱり誰も彼もがこうしたやばい行動をすんなり受け入れられるわけでもなく、多くの場面で主人公は間男扱いされ夫たちに追いかけられる羽目になる。そうした展開自体がコメディであるといえば確かにそうだし、さらにはより多くの女性にブラジャーサイズを確認してもらうためのアイデアのばかばかしさはなかなかのものだが、端的に言って犯罪なのも間違いはなく、キアロスタミ的なのどかな映画なのにやっていることは非常識極まりない。
もちろんそのアンバランスさが本作の魅力となっているのも事実で、ただ牧歌的なだけじゃなく、どうかしている欲望も描かれた変な映画を見てみたい方にはおすすめだ。
また、シンデレラのパロディとしての下着の持ち主探しという要素に特化すれば、アダルトビデオには物足りなさそうだがピンク映画のネタとしてなら使えるのではないか。パクリと言われないよううまいことアレンジした上でいかがでしょうか大蔵映画さん。
(文/田中元)
文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
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