第87回 『人喰い半魚人』
『人喰い半魚人』
※VHS廃番
『人喰い半魚人』
1978年・米・86分
監督・脚本/スティーヴン・トラクスラー
出演/アラン・ブランチャード、ジュディ・モツルスキー、メロ・アレクサンドリアほか
原題『SPAWN OF THE SLIHTIS』
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このコラムでは、国内盤DVDあるいはブルーレイディスク化されず現在は見ることができない映画を多く紹介しているが、そうなると80年代に発売されていたVHSビデオは貴重だ。これまで取り上げた作品で特に入手困難なレア・ビデオを挙げると、菅原文太のデビュー作『九十九本目の生娘』(第29回)、ホラー界の重鎮ピーター・カッシングが出演した『吸血我クレア』(第38回)あたりがそうだ。
それらに負けず劣らずレアなのが、東北新社のバップ・ビデオから発売されていた『人喰い半魚人』のビデオ。この作品は日本人にとって話題性は何もないのだが、アメリカの中高年モンスター・マニアの間では根強い人気を持っている。というのも、ビデオジャケットの裏に書かかれた解説によれば「製作日数12日、製作費は『吸盤男オクトマン』の半分」と(比較作品が......)、かなりの低予算映画にも関わらず興業は成功を収めていたのだ。
スタッフは怪物スリジスを町で歩かせ、劇場ではスリジスの写真とゲロ袋をセットにした「スリジス・サバイバル・キット」なる販促グッズを客に配布。そんな努力が結実し、多くの観客が劇場に足を運んだ。こうした地道なプロモートが、例え映画がどんな内容だろうと(話はイマイチ)、若い時分に作品を楽しんだマニアの心にノスタルジックな原体験を刻み込んでいるのだ。
監督は、後に『エマニエル夫人』のシルビア・クリステル主演『ドラキュラ・ウィドー』(88年)をプロデュース、ユニバーサル・スタジオのアトラクションにもなった『ウォーターワールド』(95年)のスタッフとなるスティーヴン・トラクスラー。他に監督のキャリアが残っていないので、これ1本で辞めたのかな? それでは粗筋スタート!
ロサンゼルス西岸の港町ベニスで、内臓が喰い荒らされた犬の死骸が発見される。警察はロクに調べもせず「変質者か、何かの儀式に使った」とマスコミに発表する。その夜、運河から何者か(画面は真っ暗)が上陸して民家に侵入する。翌朝、その家から内臓を喰われた夫婦と飼い犬の変死体が発見される。ジャーナリストの取材許可証をもつウェインは、事件現場で採取した泥を友人のジョン博士に鑑定してもらう。泥からは放射能が検出され、約20年前に放射能漏れがあったウィスコンシン州の原子炉近辺の汚染された泥から見つかった、バクテリアや藻を吸収して進化した半魚体スリジスと酷似していることが判明する。原発はベニスの港にも建っていた。
その夜、河川敷でマリファナをキメていた若者パンキーがスリジスと遭遇。暗がりだが初めてスリジスの全身が見える。怪物映画の古典『大アマゾンの半魚人』(54年)のギルマンをメタボで醜悪にした感じだ。驚いたパンキーは遁走して襲われずにすむが、数分後に誰かの絶叫が響き3人目の被害者が出る。事件以来、恐怖で家にこもっているパンキーを訪ねたウェインは「大トカゲみたいな怪物だった」と証言を得る。さらに港でダイビングした相棒のクリスが「魚が1匹もいない」とウェインに報告。相変わらず宗教団体やカルトグループを捜索する警察にウェインは、犯人は港の魚を食べ尽して町で人や犬を漁るようになったモンスターだと話す。警察に相手にされないウェインとジョン博士は、無断で運河の水門を閉めてスリジスが海から町に入れないようにする。
やがて、ようやく外出する気になったパンキーは、地方から出てきた18歳の田舎娘をナンパしてマリーナに係留する自分の船に連れ込む(パンキーは裕福)。船内でパンキーは娘の手を自分の股間に持っていき「ここが緊張しているのが分かるだろ?」。しょーもない奴だと思っていると、「ガ~!」と現れたスリジスに爪で喉を裂かれハラワタを食われる。ついでにスリジスは、娘の服を破ってオッパイを見せてくれるサービスも忘れない。
さて原発側は「開設以来、放射能漏れは起きたことがない」と言い張り、警察も協力しない。ウェインたちは、自分たちでスリジス捕獲作戦を決意し、ついに深夜の薄暗い船上で対決が始まる。ウェインはライフルで2発撃っても効かないので「化け物だ!」(化け物だよ)。クリスは無謀にも素手で向かっていき腹に食らいつかれる。助けようとライフルの銃床でスリジスを殴りつけるウェインは、怪力で甲板にブッ飛ばされ頭から流血。クリスは重傷を負いながらも、夢中で手にした錨の切っ先をスリジスの喉笛にグサリ! これは効いた! 映画終了寸前にようやく全貌を現して倒れるスリジス。「あ~、やっと見れた」と喜ぶも、一番鮮明なのはビデオジャケットの表紙だった。
スリジスのスーツは、後に『スプラッシュ』(84年)でダリル・ハンナが扮した人魚の特殊メイクを手掛けるロバート・ショートが製作。でもスーツにはチャックがなく、スーツアクターのウィン・コンディクト(元オリンピック水泳選手)が入った隙間はその場で縫い付けられ、その日の撮影が終了するまで脱ぐことは許されなかったという(これはツライ!)。
(文/天野ミチヒロ)