「この設定、前に読んだことある...!」 すべて〈青ひげ〉で読み解ける!?

青ひげ夫人と秘密の部屋 「見たな」の文学史
『青ひげ夫人と秘密の部屋 「見たな」の文学史』
千野帽子
光文社
3,300円(税込)
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 皆さんは「青ひげ」というお話をご存じでしょうか。フランスの詩人シャルル・ペローが執筆した童話(1695年)に収録された一篇で、何度も結婚している青いひげを生やした男が、何番目かの妻に「下の階の大廊下のつきあたりにある小部屋の鍵だけは使うな」と命じて出かけるものの、妻は好奇心に負けて約束を破ってしまい、血の海が広がる部屋の中で前妻たちの屍体が壁に吊るされているのを見てしまう――というお話です。

 なんとなくあらすじは知っていたけれど、では「なぜ青いひげなのか」「なぜ部屋に先妻たちの血まみれ屍体があるのか」「なぜ青ひげは残酷なのか」といった問いに答えられる人は少ないのではないでしょうか。なぜなら、書籍『青ひげ夫人と秘密の部屋 「見たな」の文学史』の著者である千野帽子さんによると、「これらの問いはすべて、作中世界に答えを見出すことができない」(同書より)から。ペローが「十六―十七世紀の文学・演劇・音楽・美術シーンで一貫して人気が高かった『クピドとプシュケの物語』という話に、そのほかの複数の先行作品をマッシュアップして、『青ひげ』という悪魔合体の作品を生み出した」(同書より)という説があるのだそうです。

 そもそも千野さんが「青ひげ」について調べることになったきっかけは、『レベッカ』という小説を読んだことでした。「あれ? この感じ......これって『ジェイン・エア』の『あの感じ』じゃん、と思ったのだ」(同書より)そう。「あの感じ」とは、「私より前から彼のことを知ってる女」と戦う話のこと。それは「青ひげ」を出発点として、「パミラ」(1740年)―「イタリアの惨劇」(1797年)―「ジェイン・エア」(1847年)―「ねじの回転」(1898年)―「レベッカ」(1938年)―「丘の屋敷」(1959年)と続いており、千野さんは「六人の作家たちは『青ひげ大喜利』に参加していたことになる」(同書より)という独特の表現で綴ります。こうして同書では、人文学史2000年におよぶ"青ひげミーム"についての調査が繰り広げられることとなります。

 いわゆる「青ひげ大喜利」は、文字通り古今東西におよんでいるようです。千野さんによって紹介されるのは、ほかにも『美女と野獣』『オペラ座の怪人』といった今も根強い人気を誇るお話や、『サイコ』『コレクター』といった映画化もされたホラー、スリラーもの。日本では夏目漱石の『こゝろ』、寺山修司や別役実の演劇作品、赤川次郎や小川洋子といった現代作家の作品などに焦点をあてているのも興味深いところです。また、現時点で最新の「青ひげ」二次創作としては、NetflixやUberなども登場する現代社会を舞台にした、「青いバービー(Barbie bleue)」というゲームブックもあるのだとか......! 

 「文学史は巨大な大喜利空間」だという千野さん。私たちが子どものころに読んでゾクゾクしたあの「青ひげ」の話が、意識的であれ無意識的であれ、どのような作品へと受け継がれているのか、千野さんの壮大なる捜査のゆくえを皆さんも同書で見届けてみてはいかがでしょうか。

[文・鷺ノ宮やよい]

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