【「本屋大賞2025」候補作紹介】『spring』――稀代の舞踊家にして振付家。ひとりの天才を多角的な視点から描いた長編バレエ小説
- 『spring (単行本 --)』
- 恩田 陸
- 筑摩書房
- 1,712円(税込)
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BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2025」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、恩田 陸(おんだ・りく)著『spring』です。
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天才を天才たらしめているものとは何でしょうか。類まれなる才能? 惜しみない努力? それとも生まれた環境、はたまた偉大な師との出会い――? 無二の舞踏家にして振付家となったひとりの人物を鮮やかに描き出した長編バレエ小説が、今回紹介する『spring』です。
8歳のときにバレエに出会った少年、萬 春(よろず・はる)。彼は自身の資質を見出したバレエ教室の先生や理解ある両親、博識な叔父に囲まれ、自然豊かな長野県で生まれ育ちます。そして15歳の春、満を持してドイツのバレエ学校に留学。そこでも個性豊かな仲間らと切磋琢磨しながら、才能を磨き、開花させていきます。
全部で4つの章からなる同書では、それぞれ異なる4人の視点から「春」というキャラクターを掘り下げることで、彼の外面・内面を多角的にとらえ、その肖像を読者に知らしめます。
たとえば、春と同世代で、のちに春とは異なるタイプのダンサーへと成長するJUN(深津 純)は青年時代に、あるワークショップで春と知り合い、こう言います。
「俺はどうしてもヤツに目をやってしまうのだ。そして、あの奇妙な印象を与える目を目撃する。見られているのか、いないのか。なぜこんなにも気にかかるのか」(同書より)
最初から彼は、春が放つ一種独特な視線を感じ取っていました。
大学講師で自宅に図書館並みの蔵書を持つ叔父・稔も、幼少のころから春の持つ不思議な魅力に気づいていたひとりです。舞台上の春を見たときのことを、「まだそんなに複雑なテクニックを披露したはずもないのだが、彼は『踊って』いた。そのたたずまい、広げた腕、ジャンプして空中で伸びた足、そのすべてが『歌って』いた」(同書より)と回想します。
また、春と同郷の幼なじみで、作曲家として春の振付作品の曲を手がける滝澤七瀬は「舞台の上で、役者や音楽家やダンサーは、観客の代わりに『生きてくれている』。誰もが、舞台の上で『生き直す』自分を観ている。舞台の上のアーティストと一緒に、人生を生き直す」(同書より)と、春ら舞台に立つ者の使命について語ります。
さらに最後の章で語り手となるのは、春本人。天才が何を見てどう感じ、どのように自身をさらなる高みへと昇華させるのかが、作者の恩田氏の圧倒的筆力でもって表現されています。
気高く孤高の存在でありながら、純粋さやチャーミングさもあわせ持つ春。そのキャラクターは恩田氏ですら「今まで書いた主人公の中で、これほど萌えたのは初めてです」と述べるほど。読者は春の繰り出す動きの美しさに魅せられ、一挙手一投足から目が離せなくなってしまうことでしょう。そしてそんな読書体験ができる一冊に大きな喜びと幸せを感じ、読み終えたあとは思わず拍手喝采を送りたくなるはずです。
[文・鷺ノ宮やよい]