【無観客! 誰も観ない映画祭 第57回】『青い体験』

- 『青い体験(字幕版)』
- サルヴァトーレ・サンペリ,サルヴァトーレ・サンペリ,ラウラ・アントネッリ,アレッサンドロ・モモ,テューリ・フェッロ,アンジェラ・ルース

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『青い体験』
1973年(日本公開1974年) イタリア 98分
監督/サルヴァトーレ・サンペリ
脚本/オッタヴィオ・ジェンマ、アレッサンドロ・パレンゾ、サルヴァトーレ・サンペリ
原題『Malizia』
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童貞喪失映画の嚆矢にして最高傑作の『青い体験』。童貞喪失映画なんてジャンルあるの? あるんですよ、これが。それ以前にジャクリーン・ビセットの『経験』(69年)、ナタリー・ドロンの『個人教授』(69年)といった作品はありましたが、いずれも生真面目な文芸的雰囲気でした。『青い体験』はそれを下世話かつコメディタッチに描いたことで大衆の心をグッと掴み、思春期の少年が年上の女性で筆おろしをする映画が、70年代から80年代にかけて爆発的に流行ったのです。さすが男女の恋愛に情熱的なイタリア、ミ・アモーレって感じですが、欧米から1年遅れて1974年に『青い体験』が日本公開されるや、ヒロインのラウラ・アントネッリに海綿体を刺激されたチェリーボーイ続出。家庭の事情により、一つ屋根の下で同級生や妹的キャラと暮らすハメに......という日本の定番ロリ系ラブコメとは妄想度においてパワーが違う「経験豊かな年上のお姉さま」が性の対象。童貞少年には夢のようなシチュエーションで、悶々としていた彼らの精通を確実に促したのは言うまでもありません。
監督のサルヴァトーレ・サンペリは、続編の『続・青い体験』 (74年)以降、『スキャンダル』(76年)、『美しき少年エルネスト』(79年)、『若妻の匂い』(86年)と、手掛けた作品のタイトル見ただけで専門分野が解るソッチ方面の名手。粗筋はこんな感じです。
イタリアでオーダーメイドのアパレルショップを営むイグナツィオは、いかにも精力旺盛なヘアレス頭の社長さん。ある日、頭の上がらない恐妻が急死してしまいます。哀しみに暮れるイグナツィオと息子たち三兄弟が葬儀から帰宅すると、見ず知らずの美女が出迎えます。その美女は、生前の夫人が依頼した斡旋所から派遣されてきた住み込みの家政婦アンジェラ(ラウラ・アントネッリ)だったのです。これを聞き、ついさっきまで悲しみに暮れていた男どもは末っ子の幼児エンツィーノを除き、不謹慎にも鼻の下がビローンと伸び切っています。若い娘にはないアラサーの色気がほとばしるアンジェラ(ラウラは撮影時32歳)は、猛獣の檻にブチ込まれた子羊同然、その日からセクハラの日々を送るのです。
主のイグナツィオは、何も指示しなくても細かい所によく気が付き、完璧に家事をこなしていく美しきメイドにメロメロです。毎夜深夜に起きて、末っ子がオネショしないようにオシッコさせるアンジェラの自主性などは見上げたものです。イグナルィオはアンジェラによこしまな気持ちを抱くたび、亡き妻の遺影に向かって「大目に見てくれ」と謝ります。ハイティーンの長男アントニオは既に初体験済みで、初日から毎日アンジェラを口説きまくるチャラ男。お尻をタッチして即ビンタされますが、腐っても雇い主のお坊ちゃま。現代ならセクハラで立派に訴えることできますが、日本じゃ考えられないイタリアンな雇用関係です。
そしてアンジェラを最も悩ませたのが、次男のニーノ(アレッサンドロ・モモ)。頭の中は女性のアソコがどうなっているのか知りたい盛りのミドルティーン。机の引き出しの中にはエロ本が隠され、兄アントニオからは童貞をバカにされ、アンジェラの取り合いでは力負けしてしまいます。しかも父親がアンジェラと再婚しようとしてるのを知ると、アレやコレやと妨害し、彼女から「あたしが嫌いなのね。追い出したいのね」と勘違いされてしまいます。この男どもが、隙あらば清掃中のアンジェラが前屈みになるたび、それはもう必死にパンツを見ようとするのです(笑)。ニーノの作戦は、高い本棚の最上部の本を取って欲しいとせがみ、脚立に上がるアンジェラのスカートの中を下から覗き込むのです。
そんな彼らを取り巻く人物たちも面白く、イグナツィオの店の常連さんであるコラッロおばさんは、欲求不満の未亡人。豊満な肉体から「シシリーのお尻」とイグナツィオに陰で呼ばれ、ニーノもそのプリケツには常に目が釘付けです。またニーノが「デブ公」と呼ぶ親友(役名なし)は、タバコや酒を勧める悪友でもあります。美人メイドの事を聞くと、ソッコーでニーノの家に押し掛け見物しにくるわ、屋根へ上って天窓からアンジェラのストリップを覗いてオナニー始めるわ、これまた思春期の権化。その姉ルチアナがまたコケティッシュで、家に遊びにきたニーノに下着姿で体を密着させてダンスしたり、彼の自転車にまたがってパンチラを見せつけたりと童貞少年をからかうのです(羨ましい)。
やがて溜まりに溜まってきたニーノは、アンジェラに「今日はブラジャーするな」、「今日はノーパンでいろ」などとムチャブリを次々に課してきます。そして父親と兄弟が外出し、ついにアンジェラと2人きりの夜がやってきます。ニーノの性欲は暴走し、アンジェラの寝込みを襲い全裸にひん剥きます。アンジェラは家の中を逃げ回りニーノとの追いかけっこが始まりますが、その強引さに微笑みを浮かべ、ついに観念します。数日後、アンジェラは何食わぬ顔してイグナツィオの後妻に収まり大団円を迎えるのでした......って、怖い怖い。
ラウラ・アントネッリ。お願いしたらヤラせてくれそうなお姉さまに、筆者もヤラレました。幼さとエロスが同居する32歳の魅力には、大人になって気付かされました。イタリア占領地プーラ(現クロアチア)生まれ。幼少期に家族とナポリに移住、体育教師を目指していたといいますが、こんな教師いたら授業にならなかったでしょう。女優になると下積みを経て出演した『青い体験』が世界中で大ヒット。巨匠監督ルキノ・ヴィスコンティからは「ヴィーナスの体をしている」と賞賛され、30歳超えてから一躍70年代を代表するセックス・シンボルとなったのです。また私生活でも、共演した名優ジャン・ポール・ベルモンドと十年間も付き合う充実ぶりだったようです。
相手役のアレッサンドロ・モモはローマ出身の子役上がりで、この作品の大ヒットでこれから青春スターとして売り出されようとした矢先の翌1974年、今度の筆おろし相手を兄嫁というシチュエーションにした『続・青い体験』で再びラウラ・アントネッリと共演を果たした後、オートバイを運転中に自動車と衝突して17歳という若さで命を散らしました。それを知ると知らないとでは作品を見る気持ちも変わるわけですが、実際に初体験は済ませていたかどうかは......ローマ育ちの子役俳優ですから心配無用ですかね。
この作品により『エマニエル夫人』(74年)で一世を風靡したシルビア・クリステルを擁した『プライベイトレッスン』(81年)が作られました。そしてこの流れに乗り遅れまいとした日本の映画産業は、修道尼や教師が男性を惑わす劇場未公開映画を、何でもかんでも「青い」と「体験」または「経験」を適当に組み合わせたタイトルにして次々と配給したのです。『青い体験 誘われて』(88年)、『青い経験』(75年)、『青い経験 エロチカ大学』(78年)、『青い経験 誘惑の家庭教師』(78年)などと挙げたらキリがありません。またバリエーションとして『蒼い本能』(81年)、『蒼い衝動』(85年)といった「あおい」違いもありました。「体験」だろうと「経験」だろうと「青い」さえ付けば、バカなスケベ客がホイホイと飛びつくのです。これらはレンタルビデオではコーナーができるほど人気コンテンツとなり、全国の独身男性が夜のお伴にと、タイトルとジャケット表紙でエロ度を判断し、裏の解説を真剣に読み込み、ギャンブル同然に借りてはアタリハズレに一喜一憂(ほとんどはハズレ)していたわけです。
さて、1作目の20年後を描いた正統な続編『青い体験2000』が、なぜか2000年ではなく1991年に製作されるのですが、50代の熟女フェロモンを発揮するラウラ・アントネッリに、15歳の少年が童貞を捧げる......う〜ん(汗)。何でもオファーを受けたラウラは、シワを隠すためのコラーゲン注入手術を製作陣から強要されるも失敗。プロデューサーや監督を相手取り損害賠償を求める訴訟を起こすも敗訴。同年には麻薬所持で逮捕......なんて話を聞くと、何か切なさを感じるのでした。
【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。

