100mを駆け抜けた先に見える景色は?映画『ひゃくえむ。』

劇場アニメ『ひゃくえむ。』 9月19日(金)より全国公開中
去年、「チ。―地球の運動について―」がアニメ化され、原作者の魚豊さんを知った。地動説を題材にした、今まで見たことのない物語で、NHKで放送されるには少し過激なシーンもあったが、ストーリーが面白く次の展開が読めないため、毎週楽しみに視聴していた。魚豊さんは「手塚治虫文化賞マンガ大賞」を史上最年少で受賞している。まだ20代の漫画家だ。そんな魚豊さんの連載デビュー作を映像化した作品が今回紹介する『ひゃくえむ。』である。
生まれつき足が速く、「友達」も「居場所」も手に入れてきたトガシと、辛い現実を忘れるためにただがむしゃらに走っていた転校生の小宮。トガシは小宮に速く走る方法を教え、放課後二人で練習を重ねる。打ち込むものを見つけ、貪欲に記録を追うようになる小宮。次第に二人は、100m走を通してライバルであり、親友ともいえる関係になっていった。
数年後、天才スプリンターとして名を馳せるトガシ。しかし、勝ち続けなければいけない恐怖に怯える彼の前に、トップスプリンターの一人となった小宮が現れる。100mの勝負は一瞬の出来事だが、その10秒のために何年も練習するアスリートたちの姿の描き方がとてもうまかった。どのキャラクターの台詞もかっこよく、胸が熱くなった。
子どもの頃はただ足が速かったトガシが、いつの間にか0.001秒でも誰にも負けないよう走り続けなければならないプレッシャーに押しつぶされる姿はとてもリアルだった。少年時代の楽しさを取り戻すのは、高校時代に出会った仲間たちの存在。そこでリレーに出場するトガシの姿はまた走る楽しさを取り戻していた。そして、大人になるにつれて肉体的な不調や考えることが増えても、小宮の存在が再び走る気力を奮い立たせてくれる。
一人ひとりのキャラクターが独特の雰囲気を持つ中、主人公トガシはどこか普通で、それがかえって共感を呼ぶ。劇中で「100mを誰よりも早く走れば全てが解決する」という台詞が2度登場する。あのときのあの台詞が今ここでもう一度と気がつくとこのシーンはとても胸が熱くなるシーンになると感じた。1つのことを極めて努力し続ける人たちだからこそ見える景色があり、ラストシーンにはその達成感が凝縮されている。
多くを語らなくても、心が通じ合うトガシと小宮の距離感も素晴らしい。陸上を通して、やりたいことを極めた先に何があるのかを考えさせられる作品だ。20代前半でここまで描ける魚豊さんの才能は、本当に天才的だと思わされる。
ただのアニメとは違い、独特な演出も多くこれは映画館で楽しむために製作されたものだと感じた。試合の緊張感も映画館という静かな場所で存分に楽しんでほしい。
(文/杉本結)
劇場アニメ『ひゃくえむ。』
9月19日(金)より全国公開中
監督:岩井澤健治
原作:魚豊『ひゃくえむ。』(講談社「マガジンポケット」所載)
声の出演:松坂桃李、染谷将太 ほか
配給:ポニーキャニオン/アスミック・エース
2025/日本映画/106分
公式サイト:https://hyakuemu-anime.com
予告編:https://youtu.be/Xy4bziLT-_g
©魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会