日本と香港で異なる大学受験に対するモチベーションの違いの背景にせまる『年少日記』

『年少日記』 6月6日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開
今回紹介する『年少日記』は、中国版アカデミー賞とも称される第60回金馬奨で観客賞と最優秀新人監督賞を受賞する快挙を成し遂げた作品だ。さらに第17回アジア・フィルム・アワードでも新人監督賞を受賞している。
高校教師のチェンが勤める学校で、自殺をほのめかす遺書が見つかった。そこに記されていた「私はどうでもいい存在だ」という言葉は、少年時代のチェンが日記につづったものと同じだった。遺書を書いた生徒を探すなかで、チェンは自身のつらい記憶をよみがえらせていく。とても厳格な父のもとで育った、勉強やピアノが苦手な兄と、親の期待に応える優秀な弟。兄はいつも叱られ、しつけという名の体罰を受けていた。家族に疎外感を抱く兄は、日記をつづりながら自分の将来に不安を募らせていく。
毎回、アジアの受験に悩む学生の作品を鑑賞するたびに、「こんなに苦しくなるまで自分を追い詰めなくては大学には行けないものなのか?」と疑問に思っていた。もちろん勉強ができて損はないけれど、どんなに頑張っても苦手で、努力だけではどうにもならない人もいることを理解しなくてはいけない。子どもがそのことを一番わかってほしい存在は親だということを、私たちはもっと理解する必要があると本作を観て痛感した。
厳しい受験戦争の裏で心が折れてしまう子どもに寄り添う教師と、その過去から見えてくる悲しい物語の全貌が明らかになったとき、胸が締め付けられ、自然と涙があふれてきた。
本作を鑑賞していて、香港の受験事情や学校のあり方の仕組みが日本とは大きく異なることがわかった。まず、小学校に入学するときは学区ではなく、日本で保育園や幼稚園を選ぶようにいくつか希望を出し、その中から合否が出て学校が決まる仕組みになっている。また、イギリスに占領されていた歴史背景の名残から学ぶ言語も複数あり、言語の選択も学校選びの一つの基準となっていることが鑑賞中にも垣間見えた。正しい英語を話せなかった兄に両親が厳しく注意していたが、子どもが複数言語を話そうと努力しているだけでも褒めてあげたらいいのにと、鑑賞中にモヤッとした。
香港では中学校から高校まで一貫している学校も多く、大学への進学率が高い学校に人気が集まる傾向にある。本作の舞台となる時代は大学が2校しかなく、入学することはとても狭き門だった。その背景を知っていると、生徒たちが必死になる理由にも納得できるだろう。現在は学校数も増えたが、定員は約2万人で、大学への進学率は20%に満たないという。
一方、日本は少子化が進むなかでも多様なニーズに応えるかのように学部が増えている。また、短大や専門学校など学びの場も多岐にわたる。大学進学者数は年々減少しているが、進学率は60%に近づき、過去最多と増加傾向にある。この進学率の違いから、香港の「受験戦争」の切実さが、日本人には少し伝わりにくいかもしれないと感じた。
「学歴が全てではない」ということは、どこの国に住んでいても普遍の事実としてあるべきだと、本作を通してそのメッセージを強く受け止めた。もっともっと大切なのは「命」。自殺をほのめかす1通の手紙から、深く考えさせられる作品になっていた。一人でも多くの人にこのメッセージが届きますように。
(文/杉本結)
『年少日記』
6月6日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開
監督:ニック・チェク
出演:ロー・ジャンイップ、ロナルド・チェン、ショーン・ウォン
配給:クロックワークス
原題:年少日記 英題:TIME STILL TURNS THE PAGES
2023年/香港/95分
公式サイト:https://klockworx.com/nensyonikki
予告編:https://youtu.be/vFy3Vm1rfsM
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