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【無観客! 誰も観ない映画祭 第44回】『ムーンウォーカー』

ムーンウォーカー(字幕版)
『ムーンウォーカー(字幕版)』
ジェリー・クレイマー,コリン・シルバース,マイケル・ジャクソン,フランク・ディレオ,マイケル・ジャクソン,ジョー・ペシ,ショーン・レノン
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『ムーンウォーカー』
1988年 アメリカ 93分
監督/ジェリー・クレイマー、コリン・シルバース
脚本/デイヴィッド・ニューマン
出演/マイケル・ジャクソン、ジョー・ペシ、ショーン・レノン、ブランドン・アダムスほか

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 人類史上最も売れたエンターテイナーとしてギネス世界記録にも認定されているマイケル・ジャクソン。人呼んで「キング・オブ・ポップ」。6月25日はマイケルの命日(2009年、享年50歳)ということで、主演映画『ムーンウォーカー』を紹介しようと決めた矢先の4月11日、『ニューズウィーク日本版』が、"『ネバーランドにさよならを2』が問う、キング・オブ・ポップの衝撃と前作「消滅」の不気味さ"と題した記事を伝えました。

 1993年に発生した「マイケル・ジャクソン児童性的虐待疑惑」を受け、被害を訴える男性らの証言をもとに制作された『ネバーランドにさよならを』(19年)の続編が、今年3月18日に公開されるも話題に上っていないという内容です。マイケルの自宅敷地内で男児が性的虐待に遭っていたという、昨今の「ジャニー喜多川性加害騒動」を彷彿とさせる世界的スキャンダルでしたが、「#ミー・トゥー」運動の広がりにも関わらず、映画はYouTubeでひっそりと公開。前回の訴訟でマイケルは全面勝訴し、死後も疑惑は揉み消され続けるといった論調でした。てなことを念頭に、ようこそ『ムーンウォーカー』の世界へ!


 冒頭はマイケルのステージから始まります。飢餓に痩せこけた子供達の映像を挟み、「不幸な子供達を救うために我々は変わろう」と熱唱するマイケル。「ポウ!」とマイケルが奇声を上げるたびに次々と女性客が失神し、会場スタッフに運び出されていきます(実際のライブ映像)。そして少年時代のマイケルがメンバーに入っている兄弟ユニット、ジャクソン5からソロになって以降のヒット曲をダイジェストで延々と見せていきます。「楽曲紹介長いなあ......」と飽きてくると、サプライズで出てきたのが『バッド』の子供バージョンMV。マイケルのポジションをキレッキレで踊る黒人の男の子は、現在はラッパーのB・リーとして活躍するブランドン・アダムス(当時10歳)。ブランドンは後半の寸劇でも、ジークという役で登場します。ここで場面はハリウッドに転換。マイケルを見つけて追いかけてくる観光ツアーの客達と、それに気付きニコニコ楽しそうに逃げるマイケルのスタジオ内でのドタバタ劇が始まります。

 とまあマイケル推しでなければ面白くも何ともない展開ですが、ここからが本番。突然、見知らぬ町に迷い込んだマイケルは男女3人組の仲良しキッズに出会います。女児のケイティ、先述したチビマイケルのジークは「マイケルにダンスを教えたのは僕だよ」などとマイケルダンスを披露します(マジで上手)。そして最年長のショーンは......なんとジョン・レノン(ビートルズ)の御令息であられるショーン・レノン(撮影時13歳)。ここはマイケルの必需品である子供達でガッチリ脇を固めるのです。さてマイケルとケイティは、遊んでいた森の中で悪の組織のアジトを突き止めます。数頭のドーベルマンを伴ったボスのチョンマゲ男が、世界中の学校や公園で子供達に麻薬を配ってクスリ漬けにしようと企てていました。ボス役は、身長158センチながらマフィア役に定評のある怪優ジョー・ペシ。

 悪の組織から世界の子供達を守ろうと決心したマイケルは銃弾の雨を潜り抜け、行き止まりに追い詰められるや否や、グィ~ンと近未来スタイリングの超カッコいいスーパーカーに変形してピンチを脱します。「そんなのアリ?」ですが、マイケルに不可能はないのです。そして人間態に戻ると、今度は組織の息が掛かったクラブで大乱闘。マイケルは次々と敵をマシンガンで銃殺し、これまた「ウッ! アッ!」とお馴染みマイケルダンスを殺陣にKOの山を築きます。キック、高速でクルクル回るターンスピン、爪先立ち、ムーンウォーク、斜めになっても倒れない驚異のゼログラビティ。極真空手の創始者・大山倍達先生が昔おっしゃっていました。「ダンスの上手な者は空手も強くなるよ」。確かにマイケルのあの驚異的な身体能力なら、フットワークとスピードに秀でた軽量級の名選手になっていたかもしれません。

 さて、マイケルの妄想はこれで終わりではありません。ケイティを人質にとられたマイケルは、アジトでボスから殴られ蹴られボコボコにされます。さらにボスはケイティまで足蹴にする鬼畜ぶり。だが、マイケルの前で子供に手を出したのは命取りでした。ついにマイケルがキレて「ケイティを離せ!」と鬼の形相(こんな怖い顔のマイケルは見たことありません)で叫んだ途端、彼らを照らしていたサーチライトが「パリンッ」と割れ、ドヨヨ~ンと暗雲が立ち込めます。その様子に兵士らは慄き、ドーベルマン達も「キャゥ~ン」と物陰に隠れてしまいます。するとマイケルの目がピカッと光り、全身がメタリックに金属化。火花がバチバチッと散ったかと思うと、顔面が「ガシャッ、ガシャッ」と分割して開いていき、ターミネーターのような内部メカが露出。さらにマイケルは「ガッシャン、ガッシャン」と変形していき、身長5メートルくらいのロボットになってしまったのです。マイケルロボは組織の兵士達が放つマシンガンやレーザー光線をバリヤーで跳ね返し、体のアチコチがパカパカ開くとメカゴジラみたいにミサイルや光線の全武装全開! 汚れた大人達を絶対許さないマイケル怒りの倍返し(10倍くらい)で組織は全滅! チョンマゲボスが逃げていくと、マイケルロボは今度は宇宙戦闘機へと変形! 何でもアリです。チョンマゲボスがアジトから発射してくる巨大なレーザー砲にはレーザー砲でお返し! アジトは轟音と共に大爆発し、子供達と抱き合うマイケルで完。


 二人体制の監督さんは正直「誰?」って感じの知らない方々ですが、脚本家はアメリカン・ニューシネマの名作『俺たちに明日はない』(67年)や『スーパーマン』シリーズⅠ~Ⅲ(78、80、83年)のデイヴィッド・ニューマン。お金が自由に使えるようになると、誰もがやりたくなる映画製作の道楽。そんなマイケルの子供みたいな妄想を必死こいて脚本化したわけですから、その苦労が偲ばれます。でもまあ、3部構成(MV編、逃走編、変形ロボット編)になっている場面転換は観る者を飽きさせません。怪作ではありますが、「これはマイケルのオモチャ箱をひっくり返した娯楽映画なんだ」と開き直れば案外楽しめる『ムーンウォーカー』でした。

【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。

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