こんな泥棒なら会ってみたい。『ゴヤの名画と優しい泥棒』
- 『ゴヤの名画と優しい泥棒(字幕版)』
- ロジャー・ミッシェル,リチャード・ビーン,クライヴ・コールマン,ジム・ブロードベント,ヘレン・ミレン,フィオン・ホワイトヘッド,アンナ・マックスウェル・マーティン,マシュー・グード
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2020年のイギリス映画。『ノッティングヒルの恋人』で知られるロジャー・ミッシェル監督の長期映画の遺作となりました。
1961年に、世界有数の美術館であるロンドンのナショナル・ギャラリーからフランシスコ・デ・ゴヤの名画「ウェリントン侯爵」が盗まれます。
この事件の犯人は、60歳のタクシー運転手、ケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)でした。ケンプトンは、長年連れ添った妻(ヘレン・ミレン)と次男ジャッキー(フィオン・ホワイトヘッド)と、小さなアパートで年金暮らしをしていました。
孤独な高齢者がテレビに社会との繋がりを求めていた時代、彼らの生活を少しでも楽にしようと、盗んだ絵画の身代金で、公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのです。
このケンプトンはどこにでもいるようなおじいちゃんと言いたいところですが、一風変わっています。
例えば。公共放送が、受信料を払っていない世帯を摘発して貧しい老人たちからも厳しく受信料を徴収していることに納得がいかず、テレビからわざと受信コルクを抜き取って「BBCは映らないから」と受信料支払いを拒否。挙句は逮捕されてしまいます。さらに、息子ジャッキーと一緒に街角で「年金老人に無料テレビを」と誰にも見向きもされなくとも訴えてみたり。仕事先でも変わらず、おしゃべりで曲がったことが嫌いな性格上、上司から文句を言われ、タクシー運転手もクビになります。再就職先のパン工場でも、上司が同僚を人種差別したことが許せず毅然と抗議して、またしてもクビになる始末。
そんなケンプトンなので、盗みの目的も、ある種筋が通っているとも言えるのかもしれません。
しかし、目的を果たすことなく、盗んだ絵画は長男の恋人に見つかってしまいます。そして、ナショナル・ギャラリーにきちんと返還しに行き、あえなく窃盗犯として裁判にかけられてしまいます。
本作は、この裁判での裁判官とケンプトンのやり取りが皮肉やジョークを交えていて一興です。果たして、利己的な理由での盗みではない裁判の判決はいかに。本作でぜひ見てみてください。また、事件は実話だったそうです。その驚きの事実と、最後に明かされる事件の真相も一見の価値ありです。
(文/森山梓)