主人公の素性は明かされなくて構わない『用心棒』
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- 黒澤明,三船敏郎
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黒澤明監督の『用心棒』がまたテレビ放送されていた(2024年12月19日、NHK BS)。カウントしているわけではないのだが、本作は約30本ある黒澤明監督作品の中でもテレビ放送の比率が極めて高い気がする。そしてたまたまテレビをつけたときに流れていると、途中からでもついついラストまで見てしまう力を持った作品だ。
物語はシンプルで、ある浪人がぶらっと立ち寄った宿場町でたまたまやくざの二大勢力が紛争中。事情を知った浪人は、自分のとんでもない腕っぷしをエサに彼らをそそのかし、両者全滅を画策する、というもの。
登場人物の大半は殺されちゃっても構わない悪人か、主人公とともに生き延びてほしい善人にくっきり分かれ、文学的な深みはないかもしれないが娯楽としての細部が徹底的に計算し尽くされており、見ている間中とにかく愉快痛快な気分が続き、見事にスパッとキレイなエンディングへまっしぐら。
とはいえ、近年の何かと「考察」やら「伏線回収」やらを言いたがる方々からすると一点、ある疑問が残る、かもしれない。主人公の素性である。
三船敏郎演じる主人公は、どこからともなくやってきて、トラブルを解決すると去っていく。正義の味方といえば確かにそうなのだが、彼自身が何者なのかは明かされない。名を問われても、窓の外に広がる桑畑を見て「桑畑三十郎、もうすぐ四十郎だがな」などとテキトーに答えるばかり。ヒントも何もないのである。続編というか姉妹編の『椿三十郎』でも同様で、たまたま耳にした若侍たちのトラブルに口を挟んで手を貸して、解決すると去っていく。やはり何者なのかは不明なままだ。
原案とされているダシール・ハメットの小説『血の収穫』(または『赤い収穫』)でも主人公の名前は明かされておらず、おそらくそこからの流れで三十郎も本名不詳のままと思われる。が、それでも『血の収穫』の主人公は一応、コンチネンタル・オプ=コンチネンタル探偵社の調査員とはされており、三十郎よりは素性がわかる。三十郎は全くわからない。
イタリアで勝手にリメイクされて訴訟沙汰となったクリント・イーストウッド主演の『荒野の用心棒』も三十郎と同様に何者かは明かされず、以降のイーストウッド主演西部劇の主人公たちもまた、そうした要素を引き継いだケースが多い。『荒野のストレンジャー』や『ペイルライダー』に至っては、イーストウッドを見た悪漢たちが「お前は死んだはずなのに」「殺したはずなのに」などと疑問を口につつ、復活した理由はまるで描かれない。もはや何者かわからないふらっと現れた正義漢を超え、神秘的な存在にすらなっているのである。作り手には明確に、彼が誰なのかを描く必要はないという意図があるとしか思えない。
だが、それでもどうしてもわかりたい、説明してほしいという欲求を拭えないという方には、CGアニメ映画『ランゴ』がお勧めだ。
『ランゴ』は人間のペットだったカメレオンがドライブ中の車から放り出されてしまい、荒野の生き物たちが作り上げた西部劇さながらの街へとたどり着くところから始まる。いくつかの偶然によって街のヒーローになってしまったカメレオンは、かねてより持っていた「何者かになりたい」という想いが叶うが、調子に乗ってしまったところで更なる悪役にボコボコにされて街を去る羽目に。が、彼の前に現れた「西部の精霊」(ある人物に見た目も声も、さらには日本語吹替版までそっくり)は言うのである。「重要なのは何者かになることじゃない、何をするかだ」と。三十郎や、その後を継いだ人物たちの素性がわからないままで構わない理由は、正にこれだろう。『用心棒』という作品に対し、先に「文学的深みはない」などと書いたが、実はあったのかもしれない。
とはいうものの、しかしそんなことを考える必要もなく繰り返し楽しめてしまう映画、それが『用心棒』なのである。まさか映画好きを自称しながら『用心棒』を見ていないなんて方はいないと思うが、未見なら当然見るべし。見ていても何度でも再見すべし。イーストウッドの諸作品や『ランゴ』はもちろん、『椿三十郎』だってついででいい。とにかく『用心棒』である。
(文/田中元)
文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
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