もやもやレビュー

オーストラリアの無差別銃乱射事件を読み解く『ニトラム/NITRAM』

ニトラム/NITRAM(字幕版)
『ニトラム/NITRAM(字幕版)』
ジャスティン・カーゼル,ショーン・グラント,ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ,ジュディ・デイヴィス,エッシー・デイヴィス,アンソニー・ラパリア
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 1996年、オーストラリア・タスマニア島で死者35人を出した無差別銃乱射事件。ポートアーサー事件という名で知られるこの事件の犯人の動機は「不明」と言われています。犯人のマーティン・ブライアントが銃を手に取り行動に移すまでを描いた本作は、豪アカデミー賞にて主要8部門で最多受賞を果たしました。

 本作は、ブロンドヘアの男の子が、火遊びで火傷を負った後、病院で取材受ける記録映像からスタート。男の子は、これからも火で遊ぶかどうか聞かれ、「はい」と答えます。それから時が経ち、20代となったその男の子は、「ニトラム」というあだ名で呼ばれています。学校の裏庭で子どもたちに花火を見せてあげたり、車のクラクションを鳴らしっぱなしにしたりなど問題行動を起こしてばかりのニトラム。しかし彼は、サーフィンのボードを購入するために、芝刈りの営業訪問を開始。なかなか上手くいかない中、ある大きなお屋敷を訪ねたときに、一人暮らしをする女性ヘレンと運命的な出会いを果たします。裕福なヘレンはニトラムを可愛がり、車をプレゼント。さらに一緒に屋敷に住むことになりますが、ある事故がきっかけで、ニトラムの精神は崩壊していきます。

 突発的な行動により周囲から孤立しているニトラム。唯一、彼に優しく接していたのが彼の父とヘレンだけでした。私が一番衝撃を受けたシーンは、父親が体調を崩しているシーン。心配になり、ニトラムは横になる父親に優しく接しますが、突如父親に暴力を振い始めるのです。「立ってズボンを履いて」と言いながら容赦無く父親にビンタ。それに父は「わかったから...」と辛い体を起こす。きっとニトラムは、これが父親にしてあげるベストなことだと思っていたのかもしれません。ニトラムが時折見せる優しさや笑顔からは、「この人はきっとモンスターじゃない」とも受け取れます。ただ、人に理解されない行動をしてしまう。そんな彼が孤独を感じ、オーストラリア史上最悪とも言われている銃乱射事件を起こすまでの多くのレッドフラッグが本作では描かれています。スクリーンには銃乱射そのもののバイオレンスなシーンが映し出されることはありませんが、ニトラムを演じたケイレブ・ランドリー・ジョーンズの圧巻の演技により、この事件の残酷さを感じ取れます。銃規制や銃社会について理解を深めたい方にもおすすめの一本です。

(文/トキエス)

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