彼も負け犬『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』
- 『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男(字幕版)』
- サム・エリオット,エイダン・ターナー,ケイトリン・フィッツジェラルド,ラリー・ミラー,ロン・リヴィングストン,ロバート・クシコウスキ,ロバート・クシコウスキ
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トランプ氏が演説中に銃撃され、直後に容疑者が射殺されるという事件が先日起こった。即座に連想するのは、大統領候補者殺害を計画する『タクシードライバー』や、実際に起こった事件を描く『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』といった作品だ。どちらの主人公もいわゆる負け犬であり、今回の事件の容疑者もまた、報道を見る限り同様の雰囲気を感じざるを得ない。なんとも切ない気持ちになってしまう。
だからといってケネディ大統領暗殺事件のような、やたらめったら陰謀論と相性の良い展開も、もはやお腹いっぱいである。
そんなところから、暗殺事件を(不謹慎は承知の上で)娯楽として描く映画を見て気分転換を図りたいと、タイトルだけで選んだのが『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』だ。
今回のトランプ氏の事件では、たとえなんであれ「許されることではない」という発言が反トランプ陣営からも当然のように出ているが、歴史的に見てヒトラーに限っては「許される」立場にある、ように思う。要人暗殺事件を娯楽として楽しむには最適の対象人物だ。
とはいえヒトラー暗殺は計画され実行されても現実には全て失敗しており、フィクションだからとぬけぬけと成功してしまう『イングロリアス・バスターズ』は異例中の異例だ。そこへきて、本作もまた『ヒトラーを殺し〜』である。その上、未確認生物ビッグフットも殺したらしいのである。こんなの、バカバカしく盛り上がるに決まってるじゃないか!
だが、そうした期待は映画が始まってすぐに打ち砕かれる。本作の主人公はかつてヒトラー暗殺に成功したものの、影武者も用意されていたので戦争終結には役に立たず、それどころか暗殺者となるために人生を捨てたことを戦後も延々と思い出してはため息をついてばかり。全編、実に切ない雰囲気が充満。そういう容疑者暗殺者を避けるつもりで選んだのに、彼もまたいわゆる負け犬のような人生を歩んでいるのである。
映画の展開もまた、とてもエンタメとは言い難いじっくりゆっくりしたペースで進む。連続殺人事件が起こっていると報道される場面はありつつも、実はそれがビッグフットによるものと明かされる頃には上映時間の半分が終わっている。いよいよここから娯楽的見せ場か? と期待するも、ビッグフットとの対決は極めてダイジェスト的に、しかも本当は殺したくなんかないという思いを抱えながらの辛く孤独な戦いとして描かれる。
最終的には過去を克服し今を受け入れるドラマとして終結してくれるので、『タクシードライバー』や『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』のようなやり切れなさは最終的に払拭される、けれども反戦メッセージは感じられる、しかしそもそもなんでビッグフットなのか、どう考えてもコメディ的発想のはずなのに全くそうはならずこの映画はいったいなんだったんだ、という疑問は残る、なんとも形容し難い怪作だった。
(文/田中元)
文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
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