形なき恋人と付き合う未来はあるのか 『her/世界でひとつの彼女』
- 『her/世界でひとつの彼女(字幕版)』
- ホアキン・フェニックス,エイミー・アダムス,ルーニー・マーラ,オリヴィア・ワイルド,スカーレット・ヨハンソン,スパイク・ジョーンズ,スパイク・ジョーンズ,スパイク・ジョーンズ,ミーガン・エリソン
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ChatGPTが巷で話題になってからというもの、わたしの脳裏に浮かんでいたのは、映画『her/世界でひとつの彼女』のことだった。近未来のロスアンゼルスで、他人になり代わり手紙を書く代筆業者に務める男セオドア(ホアキン・フェニックス)。そして彼が恋に落ちる相手というのが、対話型人工知能のサマンサ(声/スカーレット・ヨハンソン)なのである。これから先、人間はどこまで感情をテクノロジーに委ねるのだろうか。いよいよ、そんなことを考える時なのかもしれない。
セオドアは「言葉の人」である。身なりこそは地味だが、ラブレターの代筆をさせたら右に出る者はいない。彼にとっての愛とは言葉で表現するもの。別れた妻と久しぶりに会い交わす会話が「新しい著書はどう?」「君がいつか書いた論文を覚えているよ、あれは泣けた」というくらいに。離婚届の文々でさえも、言葉のコミュニケーションのメタファーのようだ。
実体のない声だけの存在であるサマンサと生身の男セオドアの恋愛は、日々やりとりする会話というデートの果てに、一旦は成就する(そう、セックスだって)。これは一体なにを見せつけられているのだろうと、こちら側にいる私たちは思う。というのも、劇中でも人工知能との恋愛はまだ未開拓であり、セオドアは突き進むべきかどうか戸惑っているから。やっぱり気持ち悪いと反発する(倫理的な)心理と、ふたりの会話に不思議と感じる温かさ、感情が大きく揺さぶられ、行き来する。最後の最後のシーンに至るまで、監督スパイク・ジョーンズは我々に問いかける。この恋愛、あり?なし?と。
(文/峰典子)