もやもやレビュー

常時接続時代の不安を描くSF『ANON アノン』

ANON アノン(字幕版)
『ANON アノン(字幕版)』
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 先日、マーハン・カリミ・ナセリ氏が亡くなったとのニュースが報じられた。ナセリ氏は移動中に身分証明書を盗まれたため各国に入国できず、1988年からパリのシャルル・ド・ゴール空港内で生活していた人物。彼がモデルとされる映画に『パリ空港の人々』『ターミナル』があるが、今回のニュースではもっぱら『ターミナル』ばかりが挙げられていた。おそらく『ターミナル』にはスピルバーグ監督作品というネームバリューがあるからだろうが、本作はどちらかというと脚本担当のアンドリュー・ニコルの作品というのが個人的な印象だ。

 アンドリュー・ニコルはカルト的人気を誇るSF映画『ガタカ』を監督した人物。他にも『ロード・オブ・ウォー』『TIME/タイム』『ドローン・オブ・ウォー』といった作品もそれなりに話題になったように記憶するが、私見ではアンドリュー・ニコルという人は『ターミナル』がそうであったように、「プライバシーの剥奪」といったモチーフに特にこだわりがあるように思われる。監督はしていないが、製作と脚本を担当した作品のひとつが『トゥルーマン・ショー』だ、と書けばおわかりいただけるかと思う。

 そのアンドリュー・ニコルが監督脚本製作を手掛けた、現時点での最新作(といっても2018年作品ですが)『ANON アノン』を鑑賞してみたところ、これまた「プライバシーの剥奪」が重要な題材となっているSF映画だった。

 『ANON アノン』の舞台は近未来、人々は視界にAR機能が搭載され、目に入るモノ全ての情報をリアルタイムで確認でき、その映像と音声は全て記録される。そのため犯罪捜査は格段の進歩を遂げているが、個人情報はダダ漏れ。そのような世界で、他人の視覚と聴覚をハッキングし、さらには記録≒記憶データの改竄まで行う犯罪者が現れ、刑事である主人公は事件を追うこととなる。

 『トゥルーマン・ショー』『ターミナル』では個人が衆人環視下に置かれた状況を描いていたが、ここでは誰もが相互に衆人環視下にあり、そこにプライバシーは存在しない。ある意味、アンドリュー・ニコルのこだわりモチーフの想像力が行き着くところまで行ってしまったような作品だ。ただ、映像で描かれるイメージは、やや残念なことにどこかでみたような感じが否めない。

 例えば現実に被さるAR情報はすでに製品化されているスマートグラスや、ゲーム『ウォッチドッグス』、あるいはiPhone初期に話題になったアプリ「セカイカメラ」の機能そのものだし、視覚をハッキングされ自分が狙われる映像を犯人視点から見なければならない状況は『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』が20年以上先んじて描いているし、記録≒記憶映像改竄はテレビアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の笑い男事件のようだ。

 とはいえ、そうした先行するイメージ群をうまいこと物語に取り込んで、静かながらサスペンスフルなタッチで描き切っているのはさすがヒット作多数のアンドリュー・ニコル、ともいえる。『ガタカ』のようなカルト的人気は難しいだろうが、多彩なツールで友人知人との常時接続が日常となっている現在の不安感をうまいこと反映した作品として見れば、なかなかリアルにおっかない映画として楽しめるだろう。記録を消したら記憶まで消えちゃうのはどうなの? というような疑問点は残るけど。

(文/田中元)

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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