もやもやレビュー

アツい気持ちを思い出した『茶の味』

茶の味
『茶の味』
坂野真弥,佐藤貴広,浅野忠信,手塚理美,我衆院達也,三浦友和,土屋アンナ,石井克人
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胸がアツくなる何かと出会い、興奮のあまりいてもたってもいられなくなったとき、人はなんて幸せそうな顔をするのだろう。石井克人監督の『茶の味』(1998年)に出てくるハジメ(佐藤貴広)を観て、そう思った。

彼は春野家の長男で、高校生。惚れっぽい性格だが、なかなか大胆な行動に出ることができない。冒頭では想いを寄せていた女の子が転校し、彼の片想いはひっそりと幕を閉じる。しかし新しい転校生(土屋アンナ)がやってくるとハジメは再び一瞬にして恋に落ちる。彼女の登場により燃え上がる高揚感をどうにか身体の外へ逃がそうと、帰り道、ハジメは止まらないニヤケとともに猛スピードで自転車を漕ぐ。ようやくエンジンが切れ、日がすっかり暮れた原っぱでゴロンと横たわる彼は幸せムード満開で、うらやましさすら感じた。

ハジメの青春話のほかにも、本作では普通のようで少し変わっている春野家の生活がファンタジー&ユーモアたっぷりに描かれていく。父(三浦友和)、母(手塚理美)、母の父(我修院達也)、母の弟(浅野忠信)、小学生である娘のサチコ(坂野真弥)。ひとつ屋根の下で暮らしている彼らが、それぞれの見えないところで、それぞれの戦いに出る。自分なりの幸せを手にしたり、ケリをつけたりする彼らの姿がなんだかたくましい。「それぞれの戦い」というと孤独にも聞こえるかもしれないが、この映画を見ていると、陰で頑張りを見守ってくれている人が実はいたりして、たったひとりで戦っているなんてことは案外少なかったりすることに気づく。終盤あたり、愛情が詰まった観察力を発揮する誰かに、ガツンと胸を打たれてしまうことだろう。

(文/鈴木未来)

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