もやもやレビュー

クルド人たちの呼吸と青春の空気を感じた。『マイスモールランド』

『マイスモールランド』 全国公開中

 大人になっても、世の中、知らないことばかりだ。劇中では何も解決していないし、彼らがどうなったか語られることはない。でも、この映画の本当のラストシーンを作るのは私たちだと言われているような気がした。

 17歳のサーリャ(嵐莉菜)は、幼い頃に両親に連れられ日本に来た在日クルド人だ。埼玉県で父、妹、弟と暮らしながら日本人と変わらない高校生活を送っている。クラスメイトには自分がクルド人であることを言っていないが、アルバイトで出会った聡太(奥平大兼)には徐々に心を開いていく。聡太との心の距離を縮めていくサーリャ。しかし、難民申請が不認定となると、それまでの生活が一気に制限されるようになってしまう----。

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 『マイスモールランド』が映し出すのは日本で暮らすクルド人たちの厳しい現実だ。現在では約2000人のクルド人が日本で暮らしているというが、彼らの難民申請が認められることはほとんどない。こうしたシリアスなテーマを取り上げながらも、青春映画としての魅力もある本作。きっと、若い世代にも観てほしいという思いがあったのだろうと予想する。まずは彼らのことを知るきっかけになるはずだ。

 本作で商業長編映画デビューとなる川和田恵真監督は、イギリス人の父と日本人の母を持つ。映画初出演にして初主演を務める嵐莉菜も、日本、ドイツ、イラン、イラク、ロシアの5か国にルーツを持つ現役の高校生だ。マルチルーツを持つ2人だからこそ表現できるリアルさがある。サーリャの家族を演じたのが彼女の実の父、妹、弟だということには驚いた。家族の自然な演技も見どころの1つだろう。

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 恋をして、進路に悩んで、親に反抗もする。10代特有の葛藤に共感してしまうポイントが多いというのが最初の印象だ。だから、若い世代でも入りやすい。特に、サーリャと聡太の恋はとにかくキラキラしているのだ。バイト後の帰り道での会話、河原で並んで座っている背中もそう。一緒にスプレーで絵を描くシーンなんてまさに青春だ。絶対両想いなのになんで告白しないんだ!とうずうずしてしまう。好きな子を助けたいのに何もできないというもどかしさも感じられる。彼らの青春の中では、お互いが何人かなんてことを考える必要は本来なかった。

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 「どこの国から来たの?」「日本語お上手ですね」。気づかないうちに引かれた国境とは別の線に戸惑う。「お人形さんみたい」と容姿を褒められても「私たちとあなたは違う」と言われているみたいだ。そんな中で、アイデンティティーに迷いながらも、現実と向き合い、成長する姿は強く美しい。ラストに近づくにつれてサーリャの表情が変わっていく。まっすぐに前を見つめるシーン。冬の朝に思い切り息を吸い込んだ時みたいな、澄んだ空気を感じた。
彼らがどこからきたのか、日本でどうやって暮らしているのか、私たちは知らないことが多すぎる。だから遠いと感じる。そんな、遠いと思っていた世界の、すぐ隣に連れて行ってくれる作品だった。

(文/宮内有生)

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『マイスモールランド』
全国公開中

監督・脚本:川和田恵真
出演:嵐莉菜、奥平大兼、平泉成、藤井隆、池脇千鶴、アラシ・カーフィザデー、リリ・カーフィザデー、リオン・カーフィザデー、韓英恵、サヘル・ローズほか
配給:バンダイナムコアーツ

2022年/日本/114分
公式サイト:https://mysmallland.jp/
©️2022「マイスモールランド」製作委員会

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