巨匠が描く初老男のアートと恋『鑑定士と顔のない依頼人』

以前このコラムでも紹介した恋愛映画『ある天文学者の恋文』と同じく、ジュゼッペ・トルナトーレ監督、音楽はエンニオ・モリコーネという『ニュー・シネマ・パラダイス』コンビによる恋愛ミステリー映画が『鑑定士と顔のない依頼人』である。

ある日、鑑定士のヴァージル・オールドマン（ジェフリー・ラッシュ）の元へ、クレア・イベットソン（シルヴィア・フークス）という女性から連絡がくる。その心は、両親が遺した家具や美術品の査定依頼。乗り気になれないまま屋敷を訪ねてみると、広場恐怖症だという依頼人は姿も現さず、壁越しに会話するのみ。さらに不信感を募らせるヴァージルだが、歴史的価値を持つ部品を拾ったことをきっかけに、調査を進めていく...。

人間嫌いで恋愛とは無縁だった初老の男を、顔を見せることなく翻弄し、とりこにするクレア。まるで初恋をしている少年のように、友人に手ほどきを受けるヴァージル。ここで終わればしっぽりとした大人の恋愛映画だが、そううまくはいかない。クレアには真の目的があったからだ。思い返せば伏線は多く、不審点は少なくない。アートの鑑定士としては超が付く一流でも、人を見る目は節穴だったという、ラストシーンの虚無感はなかなか。泣くことも笑うこともないかもしれないが、染み染みいい映画を見たな、と心に刻みこまれる。言わずもがな背景にエンニオ・モリコーネの音楽があるからこそ、ますます趣深いのだろう。

（文／峰典子）