もやもやレビュー

『初恋』とかんじんなことは目に見えないんだよ

初恋
『初恋』
中原 みすず
リトルモア
1,760円(税込)
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未解決事件。それは私たちの身の回りにも存在している。例えば、靴下だ。いざ履こうというときに限って片方が見つからない。これを読んでいるあなたにも心当たりがあるのではないだろうか。洗濯機、クローゼット、ベランダ、想像しうる全ての場所をひっくり返す。ない...。妖怪による悪戯か、はたまた神かくしなのか。それならば、今ごろどこかで元気にしているのだろうか。いつか答えに辿り着けることを願いたい。

さて、もっとスケールの大きな未解決事件に目を向けてみよう。日本を代表するミステリー、「三億円事件」である。1968年12月10日午前9時20分頃、銀行の現金輸送車が、白バイ警官の姿をした何者かに三億円を奪われてしまった。突然姿を消した、という点は靴下と同じである。衝撃的な事件だから、映画やドラマに引っ張りだこになるのは至極当然、これを元ネタに多くの作品が生まれてきた。その中でもわたしがおすすめしたいのが、2002年に発売された小説『初恋』、そして2006年に公開された同名映画である。

この小説に惹きつけられた最大の理由は、著者と同姓同名の主人公、中原みすずが、自らを三億円事件の「実行犯」だと語る自伝的な内容であることだ。当時の捜査線上では、当然のように犯人は男であるとされ、疑うものはいなかった。それが実際は一人の女子高生だったというのだ。これにはたまげる。もちろん著者は、真相の"仮説"としているのだが、私はというと『初恋』に触れて以来、この一連のエピソードを信じている。ちなみに、主役を演じた宮﨑あおいは、映画公開時のインタビューの中で、最初に小説を読んだときから(著者が犯人だと)信じていたし、みすず本人と会ったことで信じる気持ちがさらに強くなったと語っていた。

この事件は75年12月に時効が成立し、幕を閉じた。真相は闇のなか、いや、この作品のなか、なのかもしれない。そしてもう一点、青春小説としても楽しめる一冊であることをお伝えしたい。三億円というインパクトからは想像も出来ぬ、さわやかさに満ちているのだから。何か目に見えないものを思い出させてくれるはずである。

(文/峰典子)

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