連載
怪獣酋長・天野ミチヒロの「幻の映画を観た!怪獣怪人大集合」

第79回 『ジキル博士とハイド嬢』

『ジキル博士とハイド嬢』
1971年・イギリス・94分(劇場未公開)
監督/ロイ・ウォード・ベイカー
脚本/ブライアン・クレメンス
出演/ラルフ・ベイツ、マルティーヌ・ベズウィックほか
原題『DOCTOR JEKYLL & SISTER HYDE』

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 1886年に出版されたロバート・ルイス・スティーヴンソンのSF怪奇小説『ジキル博士とハイド氏』。ジキル博士は人間の持つ善悪の完全分離を目指し、悪の側面だけを発現させる薬を開発。その薬を飲むと、普段はジェントルマンのジキルが醜悪なハイドに変身して快楽殺人を重ねる。

 作品の初映画化は、ドリュー・バリモアの祖父ジョン・バリモアがジキル博士を演じた『狂へる悪魔』(20年・米)。その後も何度か映画化され、ジキル博士のひ孫が曽祖父の研究文献を参考に作った香水で女性(ショーン・ヤング)に変身する『ジキル博士はミス・ハイド』(95年・米)という異色のコメディーもあった。これと同じアレンジで本来のホラーとして描かれた『ジキル博士とハイド嬢』は、フランケンシュタインやドラキュラでお馴染み怪奇映画の名門・ハマープロで制作された。

 監督はマリリン・モンローの代表作『ノックは無用』(52年)以降、何があったのかガラッと作風を変え、『火星人地球大襲撃』(67年)、『血のエクソシズム ドラキュラの復活』(70年)、『ドラゴンVS.7人の吸血鬼』(73年)などでハマープロの屋台骨を支えたロイ・ウォード・ベイカー。


 舞台は19世紀末のロンドン。「懸賞金200ポンド ホワイトチャペル殺人事件」の貼り紙に「ビシャッ」と血しぶきが掛かる。夜の裏道で殺害した死体を、メスで切り刻むジキル博士。劇中と同時期の1888年、ロンドンのホワイトチャペル周辺で売春婦5名の惨殺死体が発見された、未だ迷宮入りの「切り裂きジャック事件」。死体は子宮や膀胱が切開され、犯人は解剖学の知識がある医師ではないかという説が有力なため、切り裂きジャックをジキル博士に重ねた(劇中では同一犯と断定せず)脚本は、あながち突拍子でもない。

 ジキルは自宅兼研究所で、コレラなど万病に効く坑ウイルス薬の開発を目指していた。だが友人ロバートソン教授から「その薬は完成まで50年は掛かり、その前に君は死んでしまうよ」と言われ、スパッと方向転換して長寿薬の研究を始める。そういえば女の方が男より長生きするなと思ったジキルは、夜な夜な違法ルートで入手した若い女の死体から女性ホルモンを採取する。ジキルがオスのハエに女性ホルモンを混ぜた薬を投与すると、人間なら200歳という長生きに成功するが、なんとハエは性転換して産卵をする

 ならばとジキルは自らを実験体に薬を飲み、見る見る女性に変身! ショックを受けたジキルは、テーブルによろけた拍子に物を床に落とす。同じアパートに住むハワードとスーザンの兄妹は、ジキルの部屋から大きな物音がしたので「何か変だ」と心配する。そこでハワードがジキルの様子を見ようと部屋のドアを開けた途端、目に飛び込んできたのは丸出しのオッパイを鏡に映している美女! 「し、失礼しました!」とドアを閉め、慌てて家に戻るハワード。ジキルに魅かれていたスーザンは「彼女がいたのね......」と肩を落とす。翌朝、男に戻ったジキルはスーザンから「昨日、美人を兄が見たわ」と言われ、「え? お兄さんが?」と驚く。その時の記憶がないジキルは慌てて、「妹のハイドで未亡人です」とごまかす。

 ジキルは新たな死体を求めるが(女1人分の女性ホルモンで変身1回のようだ)、入手困難になったため仕方なく自ら娼婦を殺す。事件現場で「プロの仕事だ」と鑑定しているのは、実は警察監察医のロバートソン。その頃、再び薬を飲みハイドに変身したジキルは、帰宅したハワードに「また会いたいわ」と微笑み有頂天にさせる。こうしてジキルは殺人を繰り返してはハイドに変身するのを楽しむようになる。

 ロバートソンは何度も殺害死体を検死するうちに「彼に必要な女性ホルモンが遺体から抜かれている」とジキルを怪しみ、警部と一緒に家を張る。すると中から女性(ハイド)が出てきたので「あいつ彼女できたのか?」と驚く。しばらくして、また娼婦が殺されたと警部に一報が入り、「ジキル説は崩れた!」と2人は現場へ急行する。何か引っ掛かるロバートソンはジキルの家へ行き、妹だというハイドに「お兄さんのことで話をしたい」と自宅に招く。だがハイドは下着姿になってロバートソンを誘惑し、ズタズタに刺殺する。

 次第に薬を飲まなくてもハイドが現れるようになり、ハワードを部屋に誘い込み性交しようとする。濃密なキスをしながら「こういう時の男の感覚(勃起)は、女の君には絶対にわからないだろうな」と言うハワードに、ハイドは「私にはわかるわ」(だろうね)。2人の楽しそうな笑い声を聞いたスーザンが無粋にも「ハワード?」と玄関をノック。いいところを邪魔されたハワードは妹を呪いつつ、基本善人なのでドアを開けハイドを紹介する。ハイド「面白くなってきたわ。誰が勝つかしら」。台詞の意味がわからない兄妹を前に、倒錯した三角関係を完全に楽しんでいるハイド。

 ハイドがジキルを完全に支配するのも時間の問題となった。ジキルが薬の詳細を遺書にしたためている時、証拠を掴んだ警部が率いる警官隊がアパートに突入。ジキルは窓から脱出しアパートの屋根を伝うが、力尽きて石畳の路面に落下する。その死に顔は右半分がハイド、左半分がジキルになっていた。

 ジキル博士役のラルフ・ベイツに顔の骨格が似た女優を選んだと思われるハイド役のマルティーヌ・ベズウィックは元ミス・ジャマイカで、『007 ロシアより愛をこめて』(63年)、『007 サンダーボール作戦』(65年)に出ていたボンドガールだけに色っぽい。ジキルからハイドへの変容に違和感はなく、この作品において最重要である2人のキャスティングは成功していると言えよう。

(文/天野ミチヒロ)

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天野ミチヒロ

1960年東京出身。UMA(未確認生物)研究家。キングギドラやガラモンなどをこよなく愛す昭和怪獣マニア。趣味は、怪獣フィギュアと絶滅映像作品の収集。総合格闘技道場「ファイトネス」所属。著書に『放送禁止映像大全』(文春文庫)、『未確認生物学!』(メディアファクトリー)、『本当にいる世界の未知生物(UMA)案内』(笠倉出版)など。
世界の不思議やびっくりニュースを配信するWEBサイト『TOCANA(トカナ)』で封印映画コラムを連載中!

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