深浦康市九段vs.稲葉陽八段、初優勝をかけた決勝戦

左/深浦康市九段、右/稲葉陽八段 撮影:河井邦彦
第69回NHK杯もついに決勝戦の日を迎えた。深浦康市(ふかうら・こういち)九段と稲葉陽(いなば・あきら)八段の熱戦を綴った後藤元気さんの観戦記から、序盤の展開を紹介する。



* * *


■矢倉の今昔

第69回のNHK杯戦も、いよいよ最後の一局を迎えた。どちらが勝っても本棋戦初優勝だ。
事前に行われた振り駒は、深浦の振り歩先で歩が3枚。深浦の先手番が決まった。
両者とも戦前に「積極的に指したい」と抱負を述べており、稲葉は少し気落ちした様子だった。ふだんなら先後で心を揺らしたりしないが、決勝戦という舞台はやはり特別なのだろう。強い意気込みに折り合いをつけるのも勝負のうちなのだ。
戦型は矢倉戦へ。角換わりと相掛かりが猛威を振るった2019年が終わり、最近は矢倉が増えた。とは言っても、昔ながらのがっぷり四つに組み合う展開ではなく、囲いもそこそこに激しく戦う乱戦矢倉である。
1図から▲2六歩と突くのが令和の矢倉。昭和の矢倉も▲2六歩だったが、その時代は「飛車を使うために2筋を突く」というシンプルな思想だった。令和では、後手の急戦策を警戒するために飛車先を突いている。
ちなみに平成では「飛車先を突くよりも有効な駒組みはないか」と模索していた。同じ局面でも内実は全く異なるのである。

 



■深浦に新手

対局前の控え室は、会話と笑いが絶えない明るい雰囲気だった。後藤理アナウンサーは第57回に生放送で行われたとき以来の決勝戦担当だそうで、カードは佐藤康光二冠と鈴木大介八段(肩書は当時)。勝った佐藤は前年に続いての連覇を達成した。そして本局、偶然にも佐藤康光九段が解説者である。
▲2六歩に対する△6四歩も、昔ながらの矢倉では考えられなかった手だ。以前なら、次の▲2五歩に△3三銀と上がるために△4二銀としておくのが、いわば「ごあいさつ」だった。
稲葉の指した△6四歩は、我が道を行く手である。▲2五歩に対しても△3二金(2図)として、あくまで2筋を受けない。飛車先を交換されるデメリットよりも、角筋を通したまま戦うメリットのほうが大きいと見ているのだ。


▲2五歩に△3三角とするのは欲張り過ぎだろう。あとで角頭を狙われ、角の利きを維持するのが難しくなってしまう。
さて、先手は2筋で歩交換をする権利を持ったまま駒組みを進めていく。すぐに飛車で歩を交換するよりも、▲7九角~▲5六歩として角で交換するほうが効率がよいからである。
△8五歩(3図)の局面は前例が3局あり、いずれも▲6八角と指していた。この手は8六に利かして、△6五桂▲6六銀に△8六歩という攻め筋を防いでいる。


しかし深浦が選んだのは、前例から離れる▲5六歩(4図)だった。△6五桂の筋は大丈夫なのだろうか。


※投了までの棋譜と観戦記はテキストに掲載しています。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK将棋講座』2020年5月号より

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