「苦味」は「不快な味」なのに、なぜコーヒーはおいしく感じるのか? その奥深さを科学で読み解く

コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか (ブルーバックス 1956)
『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか (ブルーバックス 1956)』
旦部 幸博
講談社
1,188円(税込)
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 日々の生活のなかでコーヒーを嗜む人は多いはず。しかし、コーヒー独特の香味が生まれる理由や、焙煎・抽出技術の歴史などを詳しく理解したうえでコーヒーを楽しむ人は多くないだろう。

 今回紹介する『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』(講談社)は、人気コーヒーサイト「百珈苑」の主宰を務めるほどのコーヒー好きである医学博士・旦部幸博氏による著書。本書ではコーヒーにまつわるさまざまな疑問に、科学の視点から迫っている。

 例えば、コーヒーの「おいしさ」について。人間が感じる味には甘味、苦味、酸味、塩味、うま味という5種類の「基本味」があり、このうち人は甘味やうま味を「好ましい味」として認識する。一方、苦味は植物に含まれる自然毒に感じる「不快な味」で、人は有害な物質を避けられるよう不快な味を忌避する傾向にある。

 では、なぜ不快な味とされる「苦味」が主役のコーヒーは受け入れられているのか。まずは、大人になるまでの食体験の中で、その食品が安全だと学習した結果、苦味を味の変化の1つとして楽しめるようになるという点が挙げられる。

「親が普段から苦いものを食べていると、子供も安全だと判断するため、受け入れやすくなります。つまりコーヒーをおいしいと感じるには、その人の周囲で社会的、文化的に受容されているかどうかも重要です」(本書より)

 初めてコーヒーという存在を知り飲んだ人にとって、コーヒーはおいしいものではなかったはず。それが普及するにつれて「おいしい」と認識されるようになっていったようだ。コーヒーを飲んでいくうちに「苦手」から「平気」に変わり、さらに「おいしい」へと変化して、最終的には苦味を追及していく。しかし、経験で苦味が平気になるとはいっても限界があり、不快に感じる限度を超えないことも、コーヒーをおいしく感じる条件の1つだという。

 また、コーヒーの苦味が平気な人が、他の苦いものも平気だとは限らない。ゴーヤやビールなど苦味にも種類があり、コーヒーだけでも「まろやかな」「すっきりとした」「後に残る」など、さまざまな質感の苦味が混在している。これらを総合して著者は、「苦味のおいしさ」が成立するためには以下のことが重要だと記している。

1、飲む人自身の経験や学習
2、社会的文化的な受容
3、ほどほどの苦味の強さ
4、苦味の種類や質感
(本書より)

 苦くておいしいコーヒーの味や香りは、コーヒー中の化学物質が生み出しているもの。コーヒーといえばカフェインが有名だが、実はカフェインはコーヒーの苦味全体の1~3割程度しか担っていないそうだ。確かに、カフェインが苦味の主体であれば、カフェインレスコーヒーの苦味の説明がつかない。

 ミュンヘン工科大のトマス・ホフマン教授らは研究の結果、コーヒーの苦味の中心を担うのは「クロロゲン酸ラクトン類(以下CQL)」と「ビニルカテコール・オリゴマー(以下VCO)」という2つの苦味物質グループだと結論づけた。

「どちらも苦味の閾値は10~20mg/Lで、カフェインの10倍ほどの強い苦味を持ち、(中略)普通のコーヒーにもカフェインレスにも、閾値の40倍近い濃度で溶けています」(本書より)

 CQLもVCOも焙煎によって生じる物質。その他にもコーヒーには酸味や香りなどのもとになる成分があるが、そのほとんどは生豆には存在していない。これらが生まれる重要な過程が「焙煎」で、多くのプロが焙煎を「最も重要な工程」と位置づけているという。

 焙煎の度合いが「浅煎り」「中煎り」「深煎り」と進むにつれて、元が同じコーヒー豆とは思えないほど味わいや風味は大きく変化する。著者はコーヒー初心者には、まず定評のあるコーヒー店でさまざまな焙煎度のコーヒーを飲み比べ、自分好みの焙煎度を見つけることを勧めている。

「店の人にオススメを尋ねたときも『苦味とコク』の深煎りと『酸味と香り』の浅煎りのどちらが好きかを訊かれることは多いので、そのどちらが好きかを把握しておくだけで、自分好みのコーヒーに出会える機会がぐっと増えるでしょう」(本書より)

 コーヒー豆の起源や種類、コーヒーの歴史やおいしさの秘密の科学的考察など、コーヒーに関するあらゆる情報・知識をまとめた1冊。コーヒー好きはもちろん、コーヒーに興味を持ち始めたばかりの人も、ぜひ本書を手に取ってみてほしい。初心者も上級者も満足する内容の濃密さに圧倒されるはずだ。

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