行方不明者発見までの軌跡 民間の山岳遭難捜索チーム代表が語る、捜索実話

「おかえり」と言える、その日まで 山岳遭難捜索の現場から
『「おかえり」と言える、その日まで 山岳遭難捜索の現場から』
中村 富士美
新潮社
1,540円(税込)
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 「命の危険性がある山」と聞くと、北アルプスやマッターホルンに代表されるような高く険しい山を思い浮かべるかもしれません。けれど、身近な里山と呼べるような低山でケガをしたり遭難して命を落としたりするケースは驚くほど多いものです。『「おかえり」と言える、その日まで 山岳遭難捜索の現場から』の著者であり、東京都内の総合病院の救急センターで看護師をしていた中村富士美さんも、搬送されてくる登山者の多さを目の当たりにしながらも、その危険性はなかなかイメージできなかったといいます。

 あるとき、山岳救助に携わる男性にその疑問を投げかけてみると、「百聞は一見に如かずですよ。現場を見たいなら、連れていきますよ」(同書より)と言われ、実際に同行することに。すると、2年足らずの間に2人の遭難者の遺体を見つけたのです。衝撃を受けた中村さんは、それから「山岳遭難捜索」の世界へと本格的に足を踏み入れます。同書には、2018年に中村さんが立ち上げた民間の捜索団体・山岳遭難捜索チームLiSS(Mountain Life Search and Support)が携わった行方不明者の捜索実話が描かれています。

 LiSSへの依頼主のほとんどは、彼らを待つ家族です。中村さんはまず家族から遭難者について丁寧に聞き取りをし、登山の仕方や遭難者の人柄などからさまざまな背景をプロファイリングし、消えた足跡を辿っていきます。そうした捜索とともに中村さんの重要な役割となるのが、愛する人が突然いなくなり、途方もない苦しみの中にいる家族の精神的なケアです。「捜索隊として、ご家族と時間を共有する私たちだからこそできる支援をしたい」(同書より)というのが中村さんの考えです。

 同書に収録されている6つのエピソードを読むとわかるのが、どのケースも遭難の原因はほんの小さなきっかけであること。風で向きが変わった道案内の看板を信じて進んでしまった、登山道の目印を見逃してルートを間違えてしまった、山道でうっかり足を踏み外して滑落してしまった......。レジャー感覚で登り慣れている山にもいかに多くの危険が潜んでいるのか、改めて気づかされることでしょう。

 私たちの参考になるのが、エピソードの合間のコラムです。「捜索費用・保険」では、民間の捜索団体に依頼する場合の費用について記されています。たとえばLiSSでは、隊員1人当たりの日当は3~5万円ほど。捜索は基本的に2人1組で行うため、最低でも3万円×2人分となります。ここに食費や交通費、宿泊費などの実費も加わるため、家族にとっては大きな負担となります。ハイキングレベルの山だと山岳保険に入らない人もいますが、どんな山であっても危険はあることを考えると、入っておくべきだと痛感させられます。

 また、登山に行く際にはメモでもよいので、「『自分がどのルートで、どの山を登るか』の情報を必ずどこかに残してほしい」(同書より)と中村さん。ルートがわからない場合、捜索範囲が広大になって捜索時間が長引き、費用がかさんで家族に負担をかけてしまうことにもなるからです。

 夏休みに入り、レジャーを楽しむ人が増えるシーズンです。登山に出かける人もいるかと思います。同書が山岳捜索現場の実情を知る一助となり、遭難の予防や早期発見につながることを願います。

[文・鷺ノ宮やよい]

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