新宿歌舞伎町に生きる人々の証言を通して、その歴史と実像に迫る渾身のルポルタージュ

歌舞伎町アンダーグラウンド
『歌舞伎町アンダーグラウンド』
本橋 信宏
駒草出版
1,760円(税込)
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 東洋一の歓楽街として昔から人々を惹きつけてやまない新宿歌舞伎町。その歴史は戦後に始まるといいます。終戦後、焼け野原の街を復興させようと地元有志が歌舞伎劇場の建設を目指したものの、肝心の主役が来ることはなく、「頓挫した歌舞伎劇場の代わりに、過剰なエネルギーを放射する男女がこの街を闊歩するようになった」というのは、Netflixドラマ『全裸監督』の原作者としても知られる、『歌舞伎町アンダーグラウンド』の著者・本橋信宏氏です。

 同書は、歌舞伎町で今も名を轟かすぼったくりの帝王、ナイトスポットとしても知られるこの街でナンバー1を張るホストやキャバ嬢たち、ヒットマンとして収監されたこともある現役ヤクザ、歌舞伎町に住み、歌舞伎町で起きた事件に興味を寄せる女性作家など、さまざまな人物に3年以上の年月をかけて取材し、歌舞伎町の舞台裏を明かしたノンフィクションです。

 同書の原点となったのは、2001年9月に起きた歌舞伎町ビル火災事件でした。知り合いの女性から「歌舞伎町のビル火災があったでしょう。四十四人が亡くなった。あのビルのオーナーと知り合いで、遺族の示談交渉をしてきた男性がいるんですよ」(同書より)と聞いた本橋氏がX氏という人物と出会い、「歌舞伎町を舞台にした物語が書けないか」というおぼろげな構想が生まれたそうです。

 同書では第1章をまるごと使い、火災現場の麻雀店から逃げ延びた生存者やX氏などの証言をもとに、この歌舞伎町最大の惨劇の実像に肉迫します。みなさんの中には、ドラマや小説などのイメージから、歌舞伎町に対して「カタギの人は足を踏み入れない街」と思っている人もいるかもしれません。けれど、火災の犠牲者となった麻雀店客には一流企業に勤めるようなサラリーマンも多くいました。歌舞伎町はけっして異世界ではなく、私たちの日常と地続きになった、ヤクザも半グレも一般人もあらゆる人々を飲み込む街であることがうかがえます。

 ある意味「懐が深い」ともいえる歌舞伎町について、作家の岩井志麻子氏は同書でこう語っています。

「歌舞伎町のガチャってなんだろう。何が入ってるかわからない。これが港区だったら、ある程度中身が予想できるけど、歌舞伎町は何が入ってるかもアタリかハズレかもわからない」(同書より)

 「さほど広くない長方形のエリアで、人間の欲望を満たす施設がすべて揃っている」(同書より)という街に、さまざまな環境や背景、属性を持つ男女が集まれば、とてつもない熱量を帯びた物語や事件が生まれるのは必然なのもしれません。

 冒頭で歌舞伎町の始まりについて触れている同書が、最後に現在の歌舞伎町をレポートしているのも興味深い点です。2022年はTOHOシネマズ新宿周辺に溜まる「トー横キッズ」がメディアでも取り上げられましたが、今の話題といえば大久保公園周辺に佇む若い女性たちではないでしょうか。これまでも客が取れなくなった年配フリーランス娼婦の"立ちんぼ"はいたものの、2023年になるとその光景が一変。現在ではスマホを見ながら立っている二十歳前後の若い女性たちばかりになったといいます。次々と様態が変わっていくのも、歌舞伎町という街が絶えず脈動していることの証ではないでしょうか。そんな街で繰り広げられてきたドラマの一端を見せてくれる同書もまた、大きな熱を持った稀有な一冊だと言えます。

[文・鷺ノ宮やよい]

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