「私は女性で、そして最高だ」カナダで乳がんになった西加奈子が自分を取り戻す姿を描いたノンフィクション

くもをさがす
『くもをさがす』
西 加奈子
河出書房新社
1,540円(税込)
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 日本人の2人に1人はがんになると言われる現代。なかでも乳がんは9人に1人が羅患するという統計も出ており、女性にとっては身近ながんです。それでも、これまで健康だと思っていた自分が乳がんだとわかったなら、「まさか私が」と信じられない人も多いのではないでしょうか。

 直木賞作家の西加奈子さんもそうでした。家族で移住したカナダ・バンクーバーの自宅で足に赤い斑点を見つけ、強烈なかゆみを感じたことから病院を受診。ついでのつもりで「胸にしこりがある」と医師に話したところ、超音波検査を薦められ、浸潤性乳管がんであることが判明しました。西さんの著書『くもをさがす』には、西さんの乳がん発覚から治療を終えるまでの約8カ月間が克明に綴られています。

 同書には西さん自身の体験が書かれてはいるものの、治療法や心の持ちようなどを薦めることはしていません。西さんが抗がん剤治療を始めた際に「漢方薬を止めたくない」と訴えたところ、「あなたの体のボスは、あなたやねんから」とあっさり承諾してもらえたという場面が出てきます。私たちの体や心は自分のものであり、どんな選択をすることも自分にゆだねられている。そんなシンプルだけど大事なことに、同書を通して改めて気づかされます。

 「私の体のボスは私」は、病気に限ったことではありません。自分の考えや体型についてもそうです。私たちが普段、他人の目や世の中の情報にどれほど縛られて生きているかを西さんは問いかけます。日本の雑誌や広告にはよく「オバ見え」「若見え」「NGコーデ」といった言葉が躍っていますが、「中でも気になるのが、『見え』という表現だ。これは、自分がどう思うかではなく、誰かからどう見えるか、に重きを置いているということだ」(同書より)と記します。

 バンクーバーに来て、乳がんになって、「自分の身体を取り戻す、ということを、よく考えるようになった」(同書より)という西さん。手術で両乳房を切除して、「今、平坦な私の胸は、これ以上ないほどクールだ。そして、平坦な胸をしていても、もちろん乳首がなくても、私は依然女性だ」「私は私だ。『見え』は関係がない。自分が、自分自身がどう思うかが大切なのだ。私は、私だ。私は女性で、そして最高だ」(同書より)と思いを綴ります。

 生きている場所も過ごしている環境も考えていることも異なる私たち。初版帯に「あなたに、これを読んでほしいと思った」と記した西さん。同書に引用されている書物や歌の多くが彼女の血や肉となってきたように、この本もまた誰かの心の深い部分に触れ、残り続ける一冊になりそうです。

[文・鷺ノ宮やよい]

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