もやもやレビュー

史実と想像で鉄のカーテンの向こうを覗く『テトリス』

テトリス
『テトリス』
Jon S. Baird,Gillian Berrie,Matthew Vaughn,Claudia Vaughn,Len Blavatnik,Gregor Cameron,Noah Pink,Taron Egerton,Nikita Efremov,Toby Jones,Sofia Lebedeva,Anthony Boyle,Ben Miles,Ken Yamamura
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 友人が新しい家庭用ビデオゲーム機を買うという。彼は先代機種も所有しているのだが、最新機種は先代用のソフトがほぼ全部遊べる後方互換性も売りの一つ。そこで「先代はいらなくなるだろうから俺が」と冗談半分で口にしたところ、「いいよ、あげるよ」などと言われてしまった。中古でもまだそこそこのお値段がするものなので、そう簡単にOKされてしまうとなんだか悪いこと言っちゃった気がするな、というような態度を示しながらも、先代機種用の面白そうなゲームを探しては、あれもこれも遊べるのかなどと考えてウキウキしてしまうのは仕方のないこと。我が家の現行機がいまだプレイステーション3(2017年出荷完了)の身としては、先代機種だろうと十分すぎるのである。

 だが15年ほど前だろうか、筆者と同世代ながらゲームのイメージがスーパーファミコンあたりで止まっている別の友人に、フィールドを自由に歩き回れる、いわゆるオープンワールド系のゲームをやらせたところ、「これは自分が思う『テレビゲーム』ではない」とコントローラーを手放されてしまった。彼が想像する「ゲーム」というもののルールを逸脱していたらしい。そんな彼でも、また最新機種で遊ぶゲーマーでも、おそらく共通して現在もなお楽しめそうなゲームとなると何か。おそらく「テトリス」あたりなのではないだろうか。

 映画『テトリス』は、最近の『マインクラフト』などのようなゲームそのものを原作とした作品ではなく、「テトリス」というゲームが世界に広がっていく舞台裏を描いた業界内幕ものだ。ソ連のコンピュータ技術者アレクセイ・パジトノフが開発したゲーム「テトリス」の存在を知ったハンガリーのアンドロメダ・ソフトウェアが格安でライセンスを取得、イギリスの新聞デイリー・ミラーを親会社とするミラーソフトがアンドロメダからPC版のライセンスを貸与、並行して日本のゲームメーカーBPSは家庭用ゲーム機版のライセンスを貸与。だがそれぞれが欲を出して相手を出し抜こうとした結果、ソ連のKGBまで巻き込んで、スパイ映画さながらの丁々発止のやり取りが描かれる。

 史実をベースとしながらも、映画の作り自体は相当にフィクショナル。たとえばBPS創設者のヘンク・ロジャースがファミコン版を出しましょうと直談判するために乗り込む任天堂本社が、どこからどう見ても昔ながらの勘違いされた日本像丸出しなテイストだったりするし、となると実像は不明ながらも冷戦下のソ連の風景もおそらく相当ステレオタイプなものだろうと想像がつくし、KGBの面々はコントなのかと思うほどいかにもな強面揃いだし。

 が、だから興醒めかというとそんなことはなく、要所要所でファミコン時代のゲーム風映像を挟み込むことで最初からリアリティラインは低めに見積もってね、という工夫もあったり、全体的にコメディタッチだし、何よりクライマックスに至っては当時の書記長のあの人まで登場。つまりはある程度割り切って楽しむゲーム的娯楽映画と思えば良いのではないか。

 とはいえ権利関係をめぐるトラブルは事実だし、冷戦下のソ連の人々の不平不満にも触れられていたりするし、エンディングでは登場人物のその後の人生がモデルとなった本人自身の写真や映像とともに示される。事実と全然リアルじゃない映画手法の混在でバランス的に妙なことになっていなくもない作品だが、映画『テトリス』、なかなか興味深い作品ではあった。

 なお、友人は旧機種譲渡について「念のため妻の許可を得てから」とのことだったのだが、その後半月、未だ連絡なし。そろそろウキウキするのはやめるべきかもしれない。

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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