ドラマのない人生がドラマチックなこともある。『阿賀に生きる』
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- ドキュメンタリー映画,佐藤真
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異色のドキュメンタリー作家・佐藤真の長編第一作は、阿賀野川流域にチームで3年間住み込み、そこにある日常を切り取ったドキュメンタリーである。
新潟県、阿賀野川流域。ここはかつて大企業である昭和電工の城下街として知られていた。何にもない田舎にあって、昭和電工は文化の象徴であり、昭和電工で働くことは一種の誇りでもあったという。
そんな昭和電工が事件を起こす。新潟水俣病だ。このことは、阿賀野川流域に住む人々にとって複雑な思いを残すことになる。かつてお世話になったという思い、裏切られたという思い、事件は裁判に発展するが、証言にたった元昭和電工の社員は、村人から、昭和電工を売るのかと陰口を叩かれることもあったという。
と、書けば、なんだか重厚な社会派ドキュメンタリーのようだが、この映画の主題はそこにあるのではない。この地に生きる人々の何気ない日常と日本の原風景とも呼べるような景色を見事にフィルムにおさめている。日本の原風景というと、そんなものは近年できたものだと言う人がいるが、原風景は個々の人々の心の中にあるものであり、そんなことを言うのは無粋というものであろう。
農家の夫婦は、田んぼの歴史を語って聞かせてくれ、船大工のおじいちゃんは船の制作を見学させてくれる。ときにはちゃぶ台でなんでもない話がかわされ、興が乗ったら歌を歌いだす奥さんもいる。そこには、この映画には映し出されていない田舎特有のしがらみもあったのだろうが、得るものもあれば失うものもある。どっちがよかったかは、歴史が判断するしかない。
この映画を観ると、人の一生とはなんなのだろうと思わされる。日々を淡々と何も言わず生きる市井の人々。そんな人々の無数の営みがこの世界を形作っていることをこの映画は教えてくれる。ドラマも何もない、そんな人生こそが、人の心を打つこともある。それは、もっともドラマチックな体験のはずだ。
(文/神田桂一)