AIブラックジャックは『絶壁の彼方に』を超えられるか
- 『絶壁の彼方に(字幕版)』
- ダグラス・フェアバンクス・ JR.,グリニス・ジョンズ,ジャック・ホーキンス,ハーバート・ロム,シドニー・ギリアット
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ある名医が東欧の某国に招かれる。自国の医者たちの勉強のため、公開手術の依頼があったからだ。だが手術中、名医は患者の正体がその国の独裁者であることに気付く。失敗を装って独裁者を殺害することも可能だったが、医者のプライドで手術は成功。しかし医者の帰国寸前に独裁者の容態は急変し、あっさり息を引き取ってしまう。
と、まるで手塚治虫の『ブラック・ジャック』の1エピソードのようなあらすじを持つのが、1950年の映画『絶壁の彼方に』だ。『プラック・ジャック』であれば各話約20ページなので、上記で17ページほど進み、残り3ページで
1)整形手術で影武者をでっち上げる
2)生命維持装置を操作して死亡を誤魔化す
3)クーデター勃発でそれどころではなくなる
4)その他
で、オチ、となりそうだが、『絶壁の彼方に』はここからが本題。独裁者の死が公になるとまずいため、医者は政府から追われる身となり、某国内を逃げ回ることとなるのだが、行く先々で危機また危機が連続する。ハイヤーで逃亡中に踏切に阻まれるものの、追っ手が来る頃には通過列車に乗り換えていて難を逃れたり、公衆電話ボックスで助けを求めた途端に通話が切れるため別のボックスに入ると、先ほど使っていた電話を利用している人物が軍部に連行されてしまったりと、演出的には現在の目で見るとややのんびりしてはいるものの、シチュエーションは今でも有効なアイデアばかり。
ややご都合主義的に仲間となる登場人物が数名登場するのは気になるが、強引に秘密を教えてしまって味方に引き摺り込んでしまうのも、そんなことで手を貸してくれるかな? と思わなくもないけど、スピード感があって痛快だ。
調べたところ、監督脚本のシドニー・ギリアットは、ヒッチコックの初期作『バルカン超特急』のシナリオも担当しており、こうしたサスペンスはお手のものなのかもしれない。さらに、その『バルカン超特急』はラストにイマイチと思ってしまった記憶があるのだが、『絶壁の彼方に』は「この手があったか!」という見事なオチが待っている。
オチの後のエピローグはヒッチコック映画で何度か見たような呑気な雰囲気で割とどうでもいいのだが、医者の逃亡劇を締めくくるオチと、そこに至るサスペンスのアイデアの数々は今見ても十分に楽しめる。『ブラック・ジャック』の新作をAIを使って制作するということだが、果たしてそれがこの映画の展開を超えられるのか、気になるところです。
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文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
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