市井の人々の大河ドラマ『ホーホケキョ となりの山田くん』
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およそ50年にわたって四コマギャグ漫画を描き続け、質量ともにその頂点に君臨し続けている鬼才いしいひさいち。現在は朝日新聞に連載中の『ののちゃん』をメインにしつつ、自身のウェブサイトに定期的に新作を掲載したり、個人事務所から自費出版という形で単行本を出したりと、その創作意欲は衰えるところを知らない。そんな中で大きな話題となっているのが、『ののちゃん』のサブキャラクターを主人公に据えた自費出版、『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』だ。
『ののちゃん』はどこにでもいそうな山田家の人々の日常生活を中心に描く作品であり、新聞連載四コマの伝統として時間経過は描かれず、ののちゃんは毎年小学三年生に進級するし、担任には毎年藤原瞳先生が就任する。だがその作中に時間経過を伴う存在として現れたのが吉川ロカと彼女の親友・柴島美乃だった。本書はロカと美乃の物語を『ののちゃん』からピックアップしつつ、描き下ろしも多数加え、四コマギャグ作品の連続にもかかわらず大きな流れのある物語として編集された作品だ。
『ののちゃん』連載内で一度ロカの物語が完結した際にもかなり話題となったが、『ののちゃん』における最終回は本書では全109エピソードのうちほぼ中盤の67番目に配置されており、その後が気になっていた読者にとっても読み応え十分な内容となっている。結末に至る展開はまるで映画のようであり、実際に映画化してほしいとすら思う。
とはいえ、いしい作品の映像化となると、アニメ映画『がんばれ!!タブチくん!!』三作品や、テレビアニメ『おじゃまんが山田くん』のように、四コマよりは展開はあるものの、基本的にはギャグ短編のオムニバスだ。だが、そこで思い出すのがスタジオジブリ製作、高畑勲監督脚本の長編アニメ映画『ホーホケキョ となりの山田くん』である。「映画部」の記事としてはここからがようやく本題。
『ホーホケキョ となりの山田くん』は、『ののちゃん』に改題する前の朝日新聞連載『となりのやまだ君』を原作とした作品だ。印象としてはジブリ作品の中でも極めて不人気であり、隙あらばジブリ作品を放送する日本テレビの「金曜ロードショー」枠ですら過去に一回しか放送していないらしい。だが、『ROCA』で四コマギャグの行間から物語の流れを味わう快感をもう一度、というのであれば、『ホーホケキョ となりの山田くん』は最適といって良い作品なのではなかろうか。要するに、ロカや美乃が体現していた時間経過が、四コマを長編映画化するために山田家の人々に適度に注入されているからだ。
ものすごく大雑把にいえば、本作は山田家のたかしとまつ子の結婚披露宴から始まり、子どもたちが生まれて家族が形成され、やがてたかしが人生の先輩として結婚披露宴で祝辞を述べる立場になる、そんな時間の流れである。大きな事件は起こらない。せいぜい夜中に走り回る暴走族にもうちょっと静かにしてと頼む程度だ。十年一日といった日常を描くという点では原作に忠実だが、しかし忘れてしまうようなどうでもいい出来事を丹念に拾い上げて積み上げて、それとなく時間の経過を描いていく。
『ROCA』が青春時代の人生の岐路を丹念に描いた作品だとすれば、『ホーホケキョ となりの山田くん』は岐路の先、中年に差し掛かって変化のないように見える日常を、それでもいろいろあるしそれで良いと全肯定してくれるような作品といえる。市井の人々の大河ドラマであり、かつて多数存在していた人情喜劇の一本であり、そこで生じるさまざまな葛藤にどう向き合うかの指南までしてくれるお得な映画だ。
本来のいしいひさいち作品の魅力はバカバカしい四コマギャグだが、そこにこうしたドラマを見出すことができてしまうのもまたいしいひさいちの凄さだなと、『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』を読み、続けて『ホーホケキョ となりの山田くん』を見て、改めて思わされることとなったのであった。そういえば、他のいしい作品ではののちゃんの担任の藤原瞳先生ものちにミステリー作家となっているわけで、変わらない日々を描いているという読み方がすでにこちらの勘違いなのかも知れない。
(文/田中元)
文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
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