【無観客! 誰も観ない映画祭】第12回『原始人』
『原始人』ビデオジャケット(筆者私物)
『原始人』
1981年・イタリア・95分
監督/アルベルト・キャバローン
出演/スベン・クルーガー、サッシャ・ダー・クリスポリ、ヴィヴィアナ・リスボリ、ヴィットリア・ガーランドほか
原題『MASTER OF THE WORLD』
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余計な修辞を一切省いたシンプルなタイトルが小気味よい、謎の日本未公開映画『原始人』。VHSビデオはそれなりにレアだと思いますが、コアな映画マニアの話題にも上らない不遇の作品です。ビデオジャケットの裏には、こんな解説文が掲載されています。
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この映画に出て来る原始人の模範的な生活は、①挨拶がわりに女を犯し、②食後のデザートに人間の脳ミソを食べ、③スポーツ感覚で人間を殺します。
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それぞれの項目には劇中の写真が添えられ、このビデオを手にした者を何とか惹き込もうとしていますが、果たして本当なのでしょうか。嘘に決まってますが(バラすの早い!)、ちゃんとシーンは存在するので大目に見ましょう。
舞台は約20万年前の旧石器時代。史実にあるのかどうか知りませんが、熊を神の使者と崇める一族がいて、住居の洞窟内には熊の頭が祀られています。毛皮を着込んだ俳優の皆さんはボサボサ髪で、原始人っぽく目の上部を特殊メイクで盛られています。まだ進化の過程で不完全な直立歩行を演出するため、常に前屈みの中腰姿勢で歩かされていてキツそうです。中にはサボっている者も数人いますが、台詞がなくて楽なんだからそれくらい頑張りなさいと言いたいです。
ある日、この一族が別の部族に襲撃され、一人が首を切り落とされます。ここでは仮に、着ている毛皮の色から熊を祀る部族を「黒色族」、急襲した方を「茶色族」と呼びます。茶色族の男達は戦利品として熊の頭を奪い、殺した男の生首をドンッと地面に置き尖った石で脳天にガッガッと穴を開けます。生首を取り囲んだ男達は、その穴に手を突っ込みズルズルと脳ミソを引っ張り出し、ムシャムシャと一心不乱に頬張ります。さすが残酷描写に定評のあるイタリア映画、生首の造形もリアルでなかなかエグイ光景です。
さて茶色族が食事中、樹木に金髪の男が縛られています。移動の途中で捕まえた捕虜、あるいは食糧でしょうか、実はこの金髪男が主人公です。ここで匂いを嗅ぎつけた狼の群れが一団を襲います。茶色族は獲物を取られてなるものかと、大型犬と抱き合いゴロンゴロンと地面を転がって戯れ......いや凶暴な狼と取っ組み合って必死に戦います。このドサクサに紛れて金髪男は熊の頭を掴んで逃げ出し、黒色族の住居まで返しに行きます。黒色族のリーダーは金髪男の顔を撫で、自分達のゴツゴツした肌とは違うと感じます。この流れ者の金髪男は背筋を伸ばして歩き、言語を発し、皮紐に石を結び遠心力を利用して投げる武器を創作するなど、この時点では進化した種のようです。そんな彼に小汚い醜女が一目惚れし、戦いで負った足の傷口に薬草を塗り込んで懸命に治療します。
部族間の抗争は激化し、今度は黒色族が報復に出ます。バーベキューを楽しむ茶色族の食事時を襲い肉を奪い取り、泣き叫ぶ幼児にも容赦なく動物の骨でボコボコに撲殺します。醜女も杖を突いた老人の顔面に石を投げつけ、倒れたところに岩石を振り下ろして頭を潰します。この時代に「残酷」という概念はありません。彼らは生存本能のまま、確実に敵を仕留めなくてはならないのです。
すると突然、彼らの前に立ち上がると2メートルはある熊(本物)が現れます。茶色族の男と熊ちゃんが楽しそうにお相撲を取り......いや激しい格闘を始めます。男は熊に殺され、顔面は爪でズタズタに引っ掛かれ両目を失っています。ここに後から現れた黒色族のリーダーは、状況から神の使いである熊が金髪男を救ったと思い込みます。リーダーから一族に迎え入れられた金髪男は、たちまち女子達の間でモテモテになります。だが、これに面白くないヤキモチ男と決闘になり返り討ちにすると、仲間をやられた他の男達に槍を突き付けられ、結局はヨソ者として追放されます。
金髪男を好きな醜女、さらに部族一の美女(この子は目の上が出ていない)まで故郷を捨てて彼に付いていきます。しかし、なぜその美女だけ特殊メイクなしの素顔なのか。答えはすぐに出ました。焚火で休憩中に醜女が席を外すと、アグラを組む美女の股間にムラムラきた金髪男が、棒切れで服をめくろうとします。これを美女が拒みむと、金髪男は太ももに手を這わせ股間をまさぐります。すると美女はうつ伏せになり、「どうぞ」と言わんばかりに服をめくって尻を出します。ここは美男美女じゃないと絵になりませんからね。ちなみにリアリズムの追及か、俳優は全員ノーパンでした。
この後も部族同士の諍い、脳ミソ・モグモグタイム、熊さんとのお相撲と、同じ展開の繰り返しで時間が費やされ、最後は大戦争が勃発します。金髪男を味方に引き入れた茶色族が、彼が発明した革新的な武器により黒色族に圧勝します。そこに乱入した熊も金髪男が槍で倒して御神体の頭をゲット、彼は英雄になりましたとさ。
勝利の当日、美女は男の子を出産します。戦いから帰った金髪男は産声を上げている我が子を抱き上げ、丘の上で太陽に向けて掲げます。すると突然「スリー、ツー、ワン、ゼロ」とカウントダウンが聞こえ、夕焼け空に宇宙ロケットの発射音が鳴り響きます。きっと金髪男はネアンデルタール人の台頭を意味し、やがて我々現生人類が霊長類の頂点に立つ、みたいな事を言いたかったのかもしれません。
こうした「原始人映画」って、たまに作られています。古くは怪奇映画のハマープロが『原始人100万年』(71年、英)を、近年ではローランド・エメリッヒ監督の『紀元前1万年』(08年、米)。日本でもレオナルド熊が登呂遺跡の石器人に扮した『おじさんは原始人だった』(87年、松竹)なんてのがありました。実は本作が制作された1981年は「原始人映画」の当たり年だったのです。アメリカではビートルズのリンゴ・スターを主役に据えた『おかしなおかしな石器人』、フランス・カナダの合作で巨匠ジャン=ジャック・アノー監督の『人類創世』。これにパチモノを得意とするイタリア映画界が乗っかったのでしょうか。
(文/シーサーペン太)
【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。