もやもやレビュー

あの直木賞作品の先輩と言えなくもない『メキシコ無宿』

メキシコ無宿
『メキシコ無宿』
宍戸錠,笹森礼子,パトリシヤ・コンデ,葉山良二,藤村有弘,中原早苗,藏原惟繕
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 昨年、山本周五郎賞と直木三十五賞をダブル受賞した話題作、佐藤究『テスカトリポカ』を、遅ればせながら先日ようやく読んだ。メキシコの麻薬戦争を発端として、インドネシアを経由し日本を舞台に展開する血みどろの犯罪ドラマが、アステカの神話とダブらせながら描かれるエンターテインメント超大作だ。本作を読めばおそらくほとんどの読者が、とてつもなく闇の深い裏社会と共にメキシコへの興味を掻き立てられるのは間違いなく、筆者もメキシコにまつわる映画やドラマを検索してみた。するとまあとにかく多くの作品が出てくること出てくること。そのほとんどはやはり麻薬戦争絡みで実に面白そうで、どれから見ようかなと宝の山を前にして悩むわけだが、検索結果の端の方に発見したのが『メキシコ無宿』である。

 本作は1961年に制作され62年に公開された、いわゆる日活アクション路線の一作で、小林旭や赤木圭一郎の敵役として活躍していた宍戸錠が主演を務めるようになった初期の作品でもある。物語は横浜からスタート。危険な仕事ばかり請け負うデンジャーマン稼業のジョー(宍戸錠)が、訳あってメキシコから逃げてきた青年ペドロの代わりに彼の故郷へと向かう、本当にメキシコロケを敢行した気合の入った作品だ。『テスカトリポカ』で興味を持ったメキシコ麻薬戦争が本格化するのは1980年代からであり、60年代初頭の本作ではそのカケラも見当たらないが、そんなことはどうだって良い。アカプルコ港に上陸してメキシコシティで一悶着あり、グアナファトでクライマックスを迎える展開は、当時の観光映画として十分がんばっているといえよう。

 ただ、作品クオリティ等はある程度大目にみるとしても、ここんところもうちょっとどうにかしてほしかったな、と思うところもなくはない。言葉の描き方である。

 日本映画でありながらメキシコロケを行った『メキシコ無宿』では、当然ながら物語上、日本語とスペイン語が入り混じることとなる。冒頭の横浜では日本語がメインで、ペドロも片言の日本語を話すことで問題なし。アカプルコに上陸後は、僅かに知っているスペイン語とジェスチャーで意思疎通を図るジョーに対し、現地の人々が分からないながらもスペイン語で対応し、これも問題なし。だが中盤、メキシコ人だけの場面になった途端、彼らの会話が突然日本語吹替になるのである。

 にもかかわらず、その後のジョーとの会話では一場面だけスペイン語台詞に日本語字幕になったり、通訳を介して日本語とスペイン語で会話したり、日本語とスペイン語なのでお互い意味を理解できない場面なのに日本語吹替だったり、メキシコ人だけど日本語を話せる人物が出てきたり(しかも演じているのは日本人俳優の藤村有弘)と、全編を通しての不統一感が甚だしい。その点、やはり複数の言語が登場しながら、「映画ならではの嘘としてこの場面から全員英語で話しますよ!」と途中で切り替えた『ニュールンベルグ裁判』(1961)とか、同作の演出を引用したと思われる『スター・トレックVI/未知の世界』(1991)の法廷場面とかはうまいなあ、と改めて思う。

 と、そんな瑣末なことが気になってしまう『メキシコ無宿』だが、脚本を執筆した星川清司は後に小説家として1989年に『小伝抄』で直木三十五賞を受賞。『テスカトリポカ』の佐藤究の先輩に当たるわけで、そんな関連作として気楽に鑑賞するのもありなんじゃないでしょうか。日本に居られずメキシコに渡って闇医者となったという、似たような設定の人物も出てくるし。

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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