もやもやレビュー

危険回避の嗅覚を鍛える教科書『マッド・ハウス』

マッド・ハウス(字幕版)
『マッド・ハウス(字幕版)』
ニコール・ブライドン・ブルーム,ジャイルズ・マッシー,テイラー・ニコルズ,ナオミ・グロスマン,デイビット・マーモー,デビッド・マーモー
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 折り合いの悪い父との縁を断ち切るため、猫だけを連れてロサンゼルスへとやってきたサラ。とりあえずの仕事を見つけ、優しく迎え入れてくれる住人ばかりの居心地の良いアパートも見つかる。これで人生を立て直せると安堵するサラだったが、繰り返される「ペット禁止」ビラの投函や夜に限って壁の向こうから聞こえる神経に障る配管工事のような音、閉めたはずなのに開いている玄関、定期的に一瞬だけ光る天井のスプリンクラー。

 このように始まる『マッド・ハウス』(2019)の物語構造は、新居で不安を掻き立てる出来事が次々と起こる『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)と概ね同様だ。ただ、『ローズマリーの赤ちゃん』では住人たちが本性を表すのがほぼクライマックスであるのに対し、『マッド・ハウス』の住人たちは最初から怪しさを隠さず(サラは気付いていないけど)、行動を起こすのも冒頭20分あたりと極めて早い。そして始まる監禁、拷問、そして洗脳。サラが入居したアパートは、あるカルト集団の共同体であり、新たなメンバーを誘き寄せるための狩場でもあったのだ。

 一見すると彼らの手法はストレートに強引すぎる気がするが、実はここで描かれるカルト集団は、実在の宗教団体「シナノン」がモデル。シナノンはもともと、薬物依存症患者のリハビリを目的としていた団体だが、やがてカルト宗教化、「ゲーム」と呼ばれるメンバー管理のための暴力行為等が明るみに出て社会問題化している。

 『マッド・ハウス』で描かれるその手法は、つまりシナノンが実際に行なっていた手法がモデルであり、現実にかなり有効なのだろう。

 シナノン自体は1991年に解散しており、そこはひとつ安堵するところだが、この手法自体はシナノンの専売特許というわけではなく、同じようなことをやっている団体はおそらく世界中に数限りなく存在するだろう。『マッド・ハウス』はその結末をいかにもホラー映画のオチ的、かつ低予算映画的にミニマムに描くに留まるが、現実のカルト教団の存在はその先にガイアナ人民寺院事件しかり、オウム真理教事件しかり、あるいは先日の銃撃事件しかり、とんでもない結果を招くことも多々あり、そうでなくとも上層部以外が幸せになれるとは到底思えないわけで、危険なものを避ける嗅覚を鍛えるための教科書として『マッド・ハウス』は役に立つ、かもしれない。

 ただし、とにかくストレートに強引すぎる手法の数々が実にいやーな感じなので、気分が下向きのときに本作を鑑賞するのは決してお勧めいたしません。

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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