もやもやレビュー

【無観客! 誰も観ない映画祭】第9回 『ひとごろし』

ひとごろし [DVD]
『ひとごろし [DVD]』
松田優作,大洲 齊
角川エンタテインメント
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『ひとごろし』
1976年・松竹・82分
監督/大洲齊
脚本/中村努
出演/松田優作、丹波哲郎、五十嵐淳子、高橋洋子、岸田森ほか

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「俺は松田優作のファンだ!」と言う人でも、わりと観ていなかったりする『ひとごろし』。ポスターやDVDジャケットには今にも斬り合いが始まりそうな両雄、松田優作と丹波哲郎。「凄そう~」って違うんです。今から書いちゃいますけど、予備知識なしで観たら「え? 優作がこんな役を......」と驚くこと必至です。

 福井藩士・双子六兵衛(松田優作)は、立派な図体をしながら剣の腕はからっきしダメ。野良犬を見ただけで逃げ出す臆病者で、二人暮らしの妹かね(五十嵐淳子)からは「兄上は世間の笑い者だから、恥ずかしくって嫁にも行けませんわ」と愚痴をこぼされる日々を送っています。ある日、そんな六兵衛に汚名返上のチャンスが到来します。

 よそ者なのに尊大で、情け容赦ない可愛がり稽古をする武芸指南役の仁藤昴軒(丹波哲郎)が、藩士たちの恨みを買い闇討ちに遭います。これをことごとく返り討ちにする昴軒ですが、殿様の寵愛を受ける加納平兵衛(岸田森)が止めに入ったところを勢いで斬り殺してしまいます。そのまま昴軒は脱藩し、激怒した殿様は上意討ちを発令します。だが相手は藩最強の武芸者なので、誰も追手に手を挙げません。ここでブルブル震えながら名乗りを上げたのが、妹のため、そして自分のためにもと一念発起した六兵衛でした。

 誰にも期待されず、勝算もなく昴軒を追う六兵衛は、街道でのファーストコンタクトでビビッてしまい、衆人環視の中みっともなく腰を抜かして一目散に遁走してしまいます。気を取り直した六兵衛は「世間には俺のような肝の小さい臆病な人間の方が多いんだ」と開き直り、ある名案が浮かびます。昴軒が茶屋でダンゴを食って休む、飯屋で食事をする、宿泊しようと宿に入る。こうしたあらゆるシチュエーションで六兵衛が昴軒を指さし「人殺し~! あのお侍は人殺しです! 近づくと斬り殺されますよ~!」と叫びます。すると「ひゃあ~!」と周囲にいた人々が、持っていたお膳を放り投げるわ、尻モチをつくわ、すっ転ぶわと、滑稽なくらい大袈裟に右往左往して昴軒からサーっと離れていきます。昴軒と一定の距離を置いて張り付く六兵衛が、これを執拗に繰り返すのです。この「人殺し~!」もバリエーション豊かで、ある時は飯屋で昴軒が座る席の窓越しに「人殺し」と囁き、またある時は大声で「ひ~と~ご~ろ~し~」と伸ばしてみたりと散々逆撫でします。

 最初は「卑怯者! 武士なら立ち会え!」と六兵衛を罵倒していた昴軒ですが、ハナッからそんなプライドがない彼には通用しません。固定観念的な武士道に対して「弱者が強者を倒す」という六兵衛の挑戦でもあったのです。行く先々で入店拒否される昴軒が空腹から農家の作物を盗もうとすれば、それをちゃんと見ていた六兵衛が「泥棒~!」。昴軒は六兵衛のあまりのしつこさに、徐々に精神を削られていきます。後半は、暴力を否定する六兵衛に共鳴し協力者となる旅籠の女将およう(高橋洋子)が登場し、キュンとなる話も用意されています。果たして六兵衛は、昴軒の首を持って国に帰れるのでしょうか。はっきり言って傑作です。

 原作は『もみの木は残った』『赤ひげ診療譚』など数々の名作で知られる山本周五郎の小説『ひとごろし』(64年)で、テレビドラマや劇場映画で何度も映像化されています。桃屋のCMでもお馴染みの三木のり平、クレージーキャッツの植木等、コント55号の萩本欽一(昴軒は坂上二郎)と当世一流のコメディアンが六兵衛を演じ、その中にあっての松田優作ですからキャスティングの異色さは斜め上を行っています。実は、松田優作に匹敵する強面の双子六兵衛が一人いました。『上意討ち』(87年・テレビ朝日)で六兵衛を演じたのは、「芸能界ケンカ最強」と謳われ数々の武勇伝で知られる渡瀬恒彦でした。う~ん、これも見てみたい。ちなみに昴軒役は、いかにも剣豪っぽい若林豪でした。

 作品が公開された1976年は松田優作の俳優としてのターニングポイントでした。『太陽にほえろ!』のジーパン刑事(73~74年)でスター街道まっしぐらだった松田優作でしたが、中村雅俊とのダブル主演が話題の刑事ドラマ『俺たちの勲章』(75年)のロケ打ち上げ中、19歳予備校生に暴力を振るい全治3カ月の重傷を負わせました。松田優作は1976年に逮捕され、懲役10カ月、執行猶予3年の有罪判決を受け、1年間の芸能活動謹慎を余儀なくされたのです。

 しかし、世間体を気にする東映上層部の反対を押し切り、「主役のイメージにピッタリ」と自ら本人に出演交渉した監督がいました。1976年に助監督から監督に昇格したばかりの岡本明久でした。リングで相手を殺したプロボクサー崩れの教師が、学園に巣食う暴走族グループ(リーダーは、これがデビューの舘ひろし)、悪徳理事長らと三つ巴の闘争を繰り広げる『暴力教室』。今なら大炎上でしょうが、傷害事件を起こした俳優がこのタイトルの作品に出演できちゃう当時のイケイケぶりって凄いですね。そして復帰2作目が『ひとごろし』でした。

『暴力教室』では何事もなかったかのように(笑)殺気丸出しで高校生を殴りまくる一方、『ひとごろし』では剣豪にヘッピリ腰で立ち向かうという正反対の役柄。しなやかな肉体が躍動するアクション映画のみならず、森田芳光監督の『家族ゲーム』(83年)で証明されたように、松田優作には性格俳優としても高い才能を感じます。もし今でも存命ならと思うと、40歳という早逝が本当に惜しまれます。

(文/シーサーペン太)

【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。

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