シングルマザーが主人公のサスペンスムービー『白い牛のバラッド』
『白い牛のバラッド』 2月18日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
本作はイラン発のサスペンスムービーである。イラン映画を鑑賞する機会は日本ではなかなか少ないが、本作は自国では政府の検閲により正式な上映許可がおりず、3回しか上映されていない。
テヘランの牛乳工場に勤めるミナは、夫のババクを殺人罪で死刑に処されたシングルマザー。刑の執行から 1 年が経とうとしている今も深い喪失感に囚われている彼女は、いまだに喪服を着た生活をしていた。そんなミナの心の支えは聴覚障害で口のきけない娘ビタの存在だった。
ある日、裁判所に呼び出されたミナは、別の人物が真犯人だと知らされる。ミナはショックのあまり泣き崩れ、理不尽な現実を受け入れられず、謝罪を求めて繰り返し裁判所に足を運ぶが、夫に死刑を宣告した担当判事に会うことさえ叶わなかった。するとミナのもとに夫の友人を名乗る中年男性レザが訪ねてくる。ミナは親切な彼に心を開いていくが、ふたりを結びつける"ある秘密"には気づいていなかった...。
本作の冒頭でまず驚くのが、死刑判決がでてから実行されるまでの早さだ。日本では裁判にも時間がかかりさらに刑の実行までにも何年も何十年も時間がかかる。それほど死刑に対して慎重な日本に比べてイランは世界でも2番目に死刑が多く実行されているという背景もあり、そのギャップに驚いた。
本作で何度か現れる『白い牛』は死を宣告された無実の人間のメタファーだ。コーランの一章にある雌牛はキサースに関連している。キサースとは『目には目を』という格言のとおり、同害報復刑を意味するシャリーア用語である。実際にイランでは失明させた代償として相手も失明させるという刑が実行されている。
日本の常識では測り知れない部分や表現方法も多いが、そのおかげで作品のもつ独特であり唯一無二の存在感がでていたように感じた。
監督、脚本そして主演もつとめたマリヤム・モガッダムという女性が世界に発信するメッセージの力強さから考えさせられることが多かった。死刑制度について、冤罪について、女性差別について様々なことをこのサスペンスを通して熟考し自分自身の考えと向き合う濃密な時間となるだろう。
(文/杉本結)
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『白い牛のバラッド』
2月18日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
監督:ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム
出演:マリヤム・モガッダム、アリレザ・サニファル、プーリア・ラヒミサム
配給:ロングライド
2020/イラン・フランス/105分
公式サイト:https://longride.jp/whitecow/