もやもやレビュー

ライアン・ゴズリングが世紀のヒーローに『ファーストマン』

ファーストマン(上) (ニール・アームストロングの人生)
『ファーストマン(上) (ニール・アームストロングの人生)』
ジェイムズ・R. ハンセン,James R. Hansen,日暮 雅通,水谷 淳
ソフトバンククリエイティブ
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全身に鳥肌が立って、ガクガクブルブルするほどの感動って、死ぬまでに何回も味わうものでもないのだろう。果たして自分の人生でそんなことってあったかな、と考える。先日めでたく横綱になった力士が勝利を収めた瞬間、TV中継先の力士の地元で、爺ちゃんたちが拳を上げて吠えていた。きっとしばらくは酒が進んで仕方ないだろう。東京オリンピックの際にはそんな様子が日本中で見られるのかもしれない。しかし、アポロ11号の打ち上げで世界が感じた興奮は、もう二度と訪れることはないと断言できる。

歴史上、はじめて月に降り立った人類。農家は手を止め、漁師も海から上がり、学校では授業を中止しラジオに耳を傾けた。各国の大統領でさえも、それを固唾を飲んで見守った。莫大な予算で飢餓が救えるだろうと抗議運動を起こしていた、公民権運動の指導者で牧師のラルフ・アバーナーシーでさえ「神々しいまでの打ち上げ風景に圧倒され」、「誇り高きアメリカ人の一人になっていた」と語ったという。世界中の人が心を揺さぶられずにはいられない出来事だった。

ニール・アームストロングの伝記『ファーストマン』を手に取ったのには理由がある。今年の映画賞を牽引した『ラ・ラ・ランド』の、ライアン・ゴズリングと、デイミアン・チャゼルが再タッグを組んで、この伝記を映画化すると知ったからだ。

『ファーストマン』は、各500ページに及ぶ上下巻で、本人公認の細かな事実がたっぷりと書き綴られている。アームストロング家の起源から、ボーイスカウトに精を出した少年時代、航空科学を学んだ大学時代。パイロットになり、家族を持ち、宇宙飛行士を目指すことになる過程が上巻。そして、月に向かい、帰還し、その後の生活までを追ったものが下巻。マンガ宇宙兄弟を読んだ人ならきっと気になるだろう、宇宙飛行士になるための選抜試験に関する記述ももちろんある。

ニールは堅実で、真っ直ぐで真面目。口が堅く、本音を隠すことも多かったという。しかしそれが、誤解を生むことに繋がったのかもしれない。世紀のヒーローとなった人間の宿命として、マスコミや世間が生み出した、多くの誤った情報がひとり歩きをしていたことが、この二冊を読むとよくわかる。映画では、宇宙飛行士に選抜された1961年から、月面着陸までを描く予定だという。魅力的な映画になることを期待せずにはいられない。おそらく公開は来年以降になるだろう。この厚い二冊の本を読み切るにはたっぷりの時間がある。

(文/峰典子)

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