第24回 辞書の完成がゴールでなく、日々の楽しみの積み重ねがゴール。 超真面目な主人公がつかんだ幸運の軌跡。〜『舟を編む』
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行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
ご存知、鴨長明の『方丈記』の冒頭です。無常観の文学。乱世をいかに生きるかという自伝的な人生論です。移ろい行くものの儚さを語った美しい文体が印象的です。この時代は天災・飢饉などが多発して、何事も信じることのできない、いわゆる「末法の時代」と呼ばれています。
最近、いまの日本をこの「末法の時代」と重ね合わせる知識人も多いです。
いままで信じてきた平和や価値観が一夜にしてガラガラと崩れ去り、何を信じて生きたらいいかわからない時代。
正直、われわれが生きるこの時代は、一年先のことすら、想定できない時代になってきております。
一時期、自己啓発書などで、「夢を描こう」とか「夢は、短期、中期、長期と分類して、具体的なビジョンを書き出そう」などと言われて、みなさん必死になって夢を考えだして、無理矢理計画を立てることが流行ったものです。
無駄ですな。一年後、五年後、十年後なんで自分がどうなっているかなど、まったくわからない。むしろ、自分の夢が実現しても、夢自体が世の中より古くさくて、社会の中で何のインパクトを与えない、なんて事態も起こりうるのです。
私たちは結局、ありもしない未来のことなど考えずに、いまこの瞬間、一瞬一瞬を死にものぐるいで生きるほかないのです。
さて、『舟を編む』は現代のめまぐるしい変化の時代とは、無関係の世界で生きた男の物語。辞書編集者のお話です。
私も出版社勤務が長いのですが、辞書編集者はいわゆるシーラカンス的というか、骨董品みたいな扱いをされて、わりと不遇です。でも、こんなところにロマンがあったのですね。単語を収集して、整理していく、そんな淡々とした生活を十年以上やってきた主人公。その生活は単調で地味で孤独な日々です。ところが、私たちが見ると、このひたむきな生活がとてもまぶしく魅力的にみえるんですね。ある意味、ノスタルジーではありますが、それだけではありません。彼の人生には、私たちが見失った人生の「大切さ」が潜んでいるのです。
たしかに辞書は、十年、二十年という計画の元に作られます。でも、結局、主人公は、そんな長いスパンでゴールを目指していた訳ではなく、日々の「楽しみ」、言葉と戯れる「楽しみ」という一瞬一瞬の歓びを大切に生きてきたのだと思います。先に将来のゴールを設定するのではなく、「今」にゴールを設定する。
今生きて今死ぬ。瞬間瞬間を大事にすることによって、気がつけば、時代に流されない大きな夢をつかみ取っている......そんなスタイルがいま、心地よいと思います。