アルカイダから古文書を守った人々の真実の物語
- 『アルカイダから古文書を守った図書館員』
- ジョシュア・ハマー
- 紀伊國屋書店
- 2,268円(税込)
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アルカイダと聞いて、2001年にアメリカで起きた同時多発テロを思い出す人は多いでしょう。この数年、ジハード(聖戦)を唱えるイスラム原理主義者たちによる同様の事件がヨーロッパやアジアでもたびたび起こり、世界中に暗い影を落としています。
かつて『ニューズウィーク』のアフリカ支局長を務めていたジョシュア・ハマー氏による本書『アルカイダから古文書を守った図書館員』は、古文書を収集し、研究するマリ共和国のアブデル・カデル・ハイダラという人物と、彼を助けてアルカイダの手から古文書を守った人々の闘いの記録です。
サハラ砂漠南部ニジェール川沿いに位置するマリ共和国の都市トンブクトゥは、15~16世紀にかけて、隊商や交易商がラクダや船でやってくる交易拠点として栄えました。そこには、英国で生産された麻や食器から中央アフリカで掘り出された金まで、あらゆるものが集まったと言います。裕福な人々は学問を重視し、大学を作りました。宗教書のコーランばかりでなく、様々な分野の研究が書物になり、その写本が作られ、人々は競って買い求めました。本書内で「山羊革の表紙には美しい石がはめ込まれ、それを開けばきらびやかな本文が姿を現わす」と表現されているように、手書きの写本は色とりどりの飾り文字や複雑な幾何学模様に埋めつくされ、中には金箔の装飾を施したものも残っているそうです。
ところがマリ共和国は、1590年頃モロッコに征服され、1892年にはフランスの植民地となります。長く続いた他国の支配と紛争により、古文書の多くは砂漠の中に散逸してしまうのです。
1960年の独立後、これら失われた遺産を取り戻し、保存する活動が始まります。ハイダラは、先祖伝来の家宝である書物をトンブクトゥの図書館に寄贈するように国中の所有者たちを説得しました。彼の熱意は人々の心を動かし、2012年には実に37万点を超える古文書が彼のもとに集まっていました。
一方、アルカイダは2011年頃からサハラ砂漠を超えて、マリ共和国でも勢力を拡大。2013年にフランスの軍事介入によって解放されるまでの間、住民はイスラム原理主義の厳しい戒律のもとに迫害され、歴史的建造物なども破壊されてしまいます。
ハイダラと彼の仲間たちは、アルカイダに見つかれば古文書は失われてしまうだろうと危惧します。これらの書物には、中世のトンブクトゥでは、寛容なイスラム教が作り上げた洗練された自由な文化が花開いていたことが記されているからです。「なにしろそこには500年におよぶ人間的な喜びがあふれているのだから。論理学や占星術の書、医学書、音楽への賛歌、恋愛を至上のものとして謳い上げた詩。肉欲や世俗の快楽をも肯定し、神のみならず人間にも美しきものを生む力があることをありありと伝えている。」(本書より)
彼らは、比較的安全な首都バマコまで古文書を輸送する計画を立てます。そして、車や船を走らせ、テロリストの目をかいくぐり、マリ兵の検問所を抜け、追剥ぎやヘリコプターの攻撃をかわして、ほぼすべての古文書37万7000冊を約100キロ離れたバマコの安全な場所に隠すことに成功したのです。
「それはまさしく快挙だった」と、ハマー氏は彼らの勇気を称賛しています。「イスラムの豊かさを育んできたトンブクトゥを、歪んだかたちのイスラムが壊そうとした。しかし文化そのものがもともともっている力と、ハイダラのようにその力に魅せられた人々が結局は偉大な古文書を守ったのだ。」(本書より)
本書は、日本ではほとんど知られていないイスラム世界の厳しい現実を私たちに示しています。また、イスラム教には自由で寛容な宗派が存在すること、争いの中ではそうした人々が虐げられていることを教えてくれます。
この本を読んで、日本もかつて経験した戦火の日々に思いを馳せ、改めて平和について考えてみてはどうでしょう。