「もう着るしかない」世代を超えて受け継がれる2人の母が遺(のこ)した着物

長野市内にある横山家では、10月から5月まで薪(まき)が必需品。立ったり座ったりが楽にできて、汚れても気にならないもんぺは仕事着に最適。愛用しているのは、横山さんの実家に100年近く前からあったという黒のもんぺ。合わせた黄色い格子(こうし)柄の着物は、母譲りの銘仙。撮影:松川真介
ふだん着を自分流にキュートに着こなす料理研究家の横山タカ子さん。大正生まれの実母、明治生まれの義母の2人の母が遺した着物を受け継いだことから、40年余りを着物を着て過ごすことになりました。その思いは、娘さんへと引き継がれています。

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1年のうち、300日くらいは着物を着ています。「着物は苦しくないですか?」と聞かれることも多いのですが、全く逆ですよ。私にとっては、今や洋服の方が苦しいかもしれません。着物は夏は涼しく、冬は暖かい。ウエストに帯を結ぶことで体幹が安定し、しゃきっとします。若いときはあまり感じませんでしたが、今の年齢になると、着物以外は落ち着かなくなりました。
考えてみたら、もう40年も着物なんですね。自宅にいるときはもちろんですが、料理教室や講演会、ラジオやテレビの仕事なども。寝るときも、パジャマではなく浴衣(ゆかた)。娘や息子がお腹にいたときも、ずっと着物を着ていました。若いときは洋服派だったのに、自分でも不思議だなぁと思います。
着物を着るきっかけは、実家の母と夫の母が亡くなって、それぞれのたんすを開けたことです。母たち2人は、着物が日常着だったので、当然のことながら遺した着物や帯の枚数は半端じゃない。「これ、一体どうしたらいいの」と途方に暮れましたね。夫はひとりっ子なので、ほかに差し上げる人もなく、私の兄妹は誰もいらないという。ところが、たんすの中の着物や帯はどれも美しいんです。それらを眺めているうちに、「これは、もう着るしかない」と思いました。
母たちの着物姿を見ていたからでしょうか、着物の着方は誰に教わることもなく自然と身についていたようです。
実際に着ようとして、おもしろいことに気づきました。2人の母の着物の趣味が、ほとんど同じなんです。実母も義母も銘仙(めいせん)などの華やかな色柄が好み。着物は時代を反映するものなのだと思います。
最初は2人の着物をそれぞれ着ていましたが、歳を重ねるにつれて落ち着いたものが肌に合うようになり、母たちの着物はほとんど出番がなくなってしまいました。その着物をたんすごと引き継いだのが娘の真知子(まちこ)です。私と娘は、好みが真逆で、彼女は大胆で個性的なものが好きなんですね。娘には着物のことは何も教えたことはないのですが、いつの間にかすっかり着物の人になって、今は何と着付けも教えています。


着て行く場所によって、着物の種類は多少変わりますが、家で着る着物といえば、やはり木綿(もめん)やウール。ときにはモスリンなどの着物も着ます。こういう素材は、価格もお手ごろだし、気楽に着ることができます。もちろん、木綿だって高価なものはありますが、私が着ているのは普通のものですよ。「着物を着たいけれど、高価だから無理」と思っている方がいたら、そんなことありませんよ、私の着物を見てください、といいたいですね。
福岡県の久留米市(くるめし)でつくられている久留米絣(がすり)が好きなんですが、久留米に行ったとき10反くらい買っちゃいました。昔からある木綿織物ですけれど、今の時代に合わせた物づくりをしていて、柄が斬新なんですよ。下の写真の大きな水玉模様が、その中の1枚です。洋服地のようなポップな感じが気に入っています。

こういう着物が多いので、合わせる帯は帯幅が半分になっている半幅帯(はんはばおび)が中心です。半幅帯は呉服屋さんにはあまり置いてないので、おしゃれなものがほしいなと思ったときは、個人作家の個展をのぞいたりもします。
帯結びはいつも同じもので、今は一日中締めていても緩まない「のし結び」。前結び用の帯板をして、前で形をつくります。出来上がったら、後ろにくるりとまわすだけ。着物を着て、帯を締め終わるまで10分もあれば十分です。半幅帯なので、帯揚(おびあ)げや帯締(おびじ)めは不要。とってもシンプルなんですよ。


毎日、着物を着ていると、どうしても汚れてきます。汚れるところは決まっていて、袖口(そでぐち)、裾(すそ)、えり。その部分だけ、つまんで洗うようにしています。ほとんどが裏地のない単衣(ひとえ)仕立てにしているので、お手入れも自分で簡単にできます。
あまり着物を難しく考えず、洋服の延長の感じで着てみるのがいいと思います。ふだん着は自分が楽しむための着物なので、着物の決まり事も全く関係なし。着方もそんなに上手じゃなくていいんです。自分の好きなように着るのがいちばんですね。
■『NHK趣味どきっ!自分流にはじめよう!日々、キモノ暮らし』より

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