台湾はグルメや観光だけじゃない。"台湾アイデンティティ"の熱い思いを多角的に描く『台湾対抗文化紀行』
- 『台湾対抗文化紀行』
- 神田桂一,川島小鳥
- 晶文社
- 1,870円(税込)
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大流行したタピオカミルクティや豆花(トウファ)、小籠包、魯肉飯(ルーローハン)など、日本にすっかり定着してきた台湾グルメ。その影響で、以前より台湾を身近に感じる人が増えたのではないでしょうか。台湾に親日家が多いこともあり、国のことをよく知らずとも台湾に好感を持つ人も少なくないでしょう。
そんな台湾を「面白みのない国」「あまりこころ惹かれる国ではなかった」というのは、神田桂一さん。ベストセラー『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』の著者であり、バックパッカーによる海外放浪の旅が趣味のフリーライターでもある人物です。
しかし神田さんのその評価は、ひとたび台湾に足を踏み入れたときから見事に崩れて、なんと著書『台湾対抗文化紀行』(晶文社)を出版するほど台湾に魅せられてしまいます。ただし、神田さんの興味を引いたのは、先述したグルメや観光地ではなく、「周辺諸国の文化をうまく取り入れて、自己主張とゆるさが絶妙なバランスで共存する」(同書より)、そんな"台湾のリアル"でした。
神田さんは同書で、人・土地・音楽・雑誌などから現在進行形で変化し続ける台湾を掘り下げています。特に注目したいのは、神田さんが取材をした台湾人が考える"台湾アイデンティティ"に関する内容です。
香港での一件もあり、台湾と中国の複雑で微妙な関係性を危惧している人は、日本にも少なからずいるでしょう。神田さんは、台湾の旅で知り合った台湾人女性・dodoさんに「台湾独立派(台湾に台湾人が主権を持った独立国家を建設することを目指した運動のこと。またはそのシンパ)なのか」と質問。すると、こんな答えが返ってきました。
「独立って言葉は気をつけないといけない言葉なのよ」
「何かに帰属しているから独立ってことがありえるわけ」
「台湾は、別に中国に帰属してはいない。だから独立じゃなくて建国なの」(同書より)
また、"台湾アイデンティティ"には「台湾意識」(中国は中国、台湾は台湾)、「中華民国意識」(中国大陸は昔の領土の一部。中国=中華民国。台湾は中華民国の合法領土)、「中国意識」(台湾は中国の一部という考え)の3種類あるとdodoさん。選挙では「台湾意識」と「中国意識」で票が分かれ、「中華民国意識」の人がどちらかに揺れて勝敗が決するのだと説明します。
現在は、「台湾意識」を持つ民進党の蔡英文(ツァイインウェン)が多くの支持を得て総統再選を果たし、2期目をスタートさせています。就任演説では中国に対して「一国二制度」を拒否する旨を話して注目されました。「一国二制度」とは「もともとは香港やマカオに適用され、高度な自治権を認めていたが、国家安全法の香港適用により、実質瓦解。台湾にもこの制度の導入を迫っている」と同書で解説されています。
総統選では台湾の若者による投票率の高さも話題になりました。若者の投票率が低いといわれる日本とは大きく違います。しかし、これについてdodoさんはこんな言葉も残しています。
「ある意味で日本は羨ましいの。政治のことを考えなくてすむでしょ。Facebookのタイムラインは、台湾人は新聞記事のシェア、日本人はグルメ記事のシェア。私も自分がやりたいことに没頭したいけど、そうもいかないの」(同書より)
Facebookのシェアについて神田さんは「最近、そうでもなくなっているのが怖いというか、逆に健全なのか、わからないところだ」と注釈を入れていますが、やはり日本の若者(だけに限りませんが)とは危機感が異なる部分があるのかもしれません。
同書では、中国人側からの意見も記しているのが興味深いところです。神田さんが話を聞いた中国人が「台湾意識」を持つ人々をどう感じているのかは、ぜひ同書を読んで確かめてみてください。
ほかにも、神田さんが出会った強烈なキャラクターのアークンさんやインディペンデント誌『秋刀魚』の編集長Evaさん、台日カルチャーに詳しい田中佑典さんなど、さまざまな人の視点から語られる台湾はとても新鮮です。これまでメディアや雑誌などで紹介された"台湾特集"では知り得なかった側面を見られるはず。
「台湾の旅を続けているうちに、ふと、僕はパラレルワールドに紛れ込んだような錯覚に陥った。これから何かが始まりそうな旺盛な空気。あのアークンをも包み込む街の寛容さ。(中略)もしかしたら台湾は、日本にとって、かつでそうであったと同時に、そうであったかもしれない未来を体現する国なのではないか。社会も人間も国も日本ととてもよく似ている台湾。日本のボタンの掛け違いを正常に戻すヒントは、もしかしたら台湾にあるのかもしれない」(同書より)
「面白みのない国」と話していた神田さんをここまで魅了した台湾。これからもどんどん盛り上がりを見せるでしょう。同書から台湾の持つパワフルな魅力をぜひ感じてみてください。
[文・春夏冬つかさ]