彦坂直人九段、曺薫鉉九段との忘れられない一局
- 撮影:小松士郎
自由な棋風が、アマチュアファンはもちろん多くの棋士にも人気の彦坂直人(ひこさか・なおと)九段。今回は、十段を獲得された年の世界戦から「一生忘れない一局」を選んでくださいました。自由な発想を羽ばたかせた一手です。
* * *
■忘れられない思い出
タイトルは、若いころは「そのうち取れるんじゃないかな」なんて思っていたんですが、実際はそんな簡単なものじゃなくて、1回だけ取れたのですが、奇跡的な感じでしたね。
その数年前から、世界戦によく出させていただいていて、今回はその中の一局です。
当時は、世界戦で日本があまり勝てなくなってきていて、みんな少し目の色が変わって「みんなで頑張ろう」という意識がありました。すごく気合いが入っていましたね。僕は1回戦、2回戦を勝ち上がって、3回戦の相手が、韓国の曺薫鉉九段でした。薫鉉先生と初めて打たせていただいた一局で、意外にも思ったとおりに伸び伸びと打てた。で、僕の最も尊敬する藤沢秀行先生(名誉棋聖)に「なかなかやるじゃないか」と褒められたんです。ですから、忘れられない思い出ですね。
薫鉉先生は、もう30年以上前ですけれど、藤沢秀行先生がお元気だったときの合宿――あの有名な「秀行合宿」に、ふらふらっと遊びに来られることがあって、そこで秀行先生の代わりに僕たちにいろいろ教えてくださったんですね。だから僕たちからすると大先生。尊敬する人でした。日本で修業されていましたから、日本語もペラペラですしね。話していても分かるのですが、とても頭のいい方で、碁の教え方も感覚的ではなく、論理的。「こうこうこうだからこうなんだよ」って分かりやすく説明してくださる。聡明でいて、気性もさっぱりされていて、お人柄もとても好きですね。
薫鉉先生の棋風は、こんなことを言うと怒られますけど、僕から見ると自分と似ているところがあるんです。発想が自由で素早い。僕は自由に発想して前に前に進んでいく碁が好きなんですね。先生から見ると「そんな、お前は全然違うよ」なんて言われるでしょうけど(笑)。そして、薫鉉先生は、全部強いんですけど、読みが早くて正確。そこが僕とは違うところです(笑)。
準々決勝の前に確か中国の報道関係者にインタビューされたのですが、「薫鉉先生と打てることがうれしいです」と答えた記憶があります。碁打ちはみんなそうかもしれないですけれど、強い人と打つのが好きなんですよね。「どんなに強いんだろう」ってね。本当にワクワクする気持ちでした。僕は、そこが駄目なところで、実は勝ちたいという気持ちが他の人に比べると希薄なんですね。ですから、薫鉉先生と打つのは、とにかく楽しみでしかなかったですね。
※続きはテキストでお楽しみください。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
※この記事は1月12日放送の「シリーズ一手を語る 彦坂直人九段」を再構成したものです。
文:高見亮子
■『NHK囲碁講座』連載「シリーズ 一手を語る」2020年5月号より
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■忘れられない思い出
タイトルは、若いころは「そのうち取れるんじゃないかな」なんて思っていたんですが、実際はそんな簡単なものじゃなくて、1回だけ取れたのですが、奇跡的な感じでしたね。
その数年前から、世界戦によく出させていただいていて、今回はその中の一局です。
当時は、世界戦で日本があまり勝てなくなってきていて、みんな少し目の色が変わって「みんなで頑張ろう」という意識がありました。すごく気合いが入っていましたね。僕は1回戦、2回戦を勝ち上がって、3回戦の相手が、韓国の曺薫鉉九段でした。薫鉉先生と初めて打たせていただいた一局で、意外にも思ったとおりに伸び伸びと打てた。で、僕の最も尊敬する藤沢秀行先生(名誉棋聖)に「なかなかやるじゃないか」と褒められたんです。ですから、忘れられない思い出ですね。
薫鉉先生は、もう30年以上前ですけれど、藤沢秀行先生がお元気だったときの合宿――あの有名な「秀行合宿」に、ふらふらっと遊びに来られることがあって、そこで秀行先生の代わりに僕たちにいろいろ教えてくださったんですね。だから僕たちからすると大先生。尊敬する人でした。日本で修業されていましたから、日本語もペラペラですしね。話していても分かるのですが、とても頭のいい方で、碁の教え方も感覚的ではなく、論理的。「こうこうこうだからこうなんだよ」って分かりやすく説明してくださる。聡明でいて、気性もさっぱりされていて、お人柄もとても好きですね。
薫鉉先生の棋風は、こんなことを言うと怒られますけど、僕から見ると自分と似ているところがあるんです。発想が自由で素早い。僕は自由に発想して前に前に進んでいく碁が好きなんですね。先生から見ると「そんな、お前は全然違うよ」なんて言われるでしょうけど(笑)。そして、薫鉉先生は、全部強いんですけど、読みが早くて正確。そこが僕とは違うところです(笑)。
準々決勝の前に確か中国の報道関係者にインタビューされたのですが、「薫鉉先生と打てることがうれしいです」と答えた記憶があります。碁打ちはみんなそうかもしれないですけれど、強い人と打つのが好きなんですよね。「どんなに強いんだろう」ってね。本当にワクワクする気持ちでした。僕は、そこが駄目なところで、実は勝ちたいという気持ちが他の人に比べると希薄なんですね。ですから、薫鉉先生と打つのは、とにかく楽しみでしかなかったですね。
※続きはテキストでお楽しみください。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
※この記事は1月12日放送の「シリーズ一手を語る 彦坂直人九段」を再構成したものです。
文:高見亮子
■『NHK囲碁講座』連載「シリーズ 一手を語る」2020年5月号より
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