歌も食べ物も感動ポイントは千差万別……美味しそうな歌

歌人・文芸評論家の寺井龍哉(てらい・たつや)さんの講座「短歌は越境する」。6月号のテーマは「美味しそうな歌」です。

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どんなに不思議な料理にも、それを美味しいと思って考案したひとがいるはずだ。どんな奇妙な食材にも、最初にそれを口にして美味しいと思ったひとがいるはずだ。それなら、美味しくない食べ物などあるはずがない。すべての食べ物は、美味しく食べられるはずだ。これは私の父の持論です。
もちろん、調理の出来不出来はあるし、人の味覚は気候や体調にも左右されるでしょうから、どう考えてもこれは暴論です。ただし、どんな食べ物にも美味しさがあるはずだ、という考え方には、傾聴すべき点もあります。
自分の口に合わなくても、他の誰かはそれを美味しいと感じるかもしれない。そう考えることができれば、自分の感覚や考え方が当たり前だと思い込んでしまうことを避けられるでしょう。これは実は、短歌を読むときに意識しておきたいことにもつながります。私にはよくわからない歌にも、誰かの感動が秘められているかもしれない。読むことも食べることも、日常に用意されたささやかな越境の機会なのです。
柿の実のあまきもありぬ柿の実のしぶきもありぬしぶきぞうまき

正岡子規『竹乃里歌』



柿の実に甘いものもあった、渋いものもあった、渋いものこそ美味しかった、という歌です。「柿の実の」や「ありぬ」という語のくり返しが、たくさんの柿の実がひしめく様子を想像させるようです。結句の「しぶきぞうまき」の意外性も魅力的ですが、甘い実よりも、硬く、苦い実のほうが、食べごたえがあったのでしょう。正岡子規が病身でも非常に旺盛な食欲を示していたことは、みずから『病牀(びょうしょう)六尺』に書き残しています。
銃弾を持つ鹿の肉さばく夜淡き雪野の香り利きたり

松崎英司(まつざき・えいじ)


『青の食單(レシピ)』 (※)



銃弾を身に受けて獲物となった鹿の肉を夜の厨房でさばく場面です。「利く」は、効果を発揮する、有効に作用する、という意味ですから、凜とした雪野原の香りが、まるで鹿肉の隠し味のように感じられたのでしょう。まっすぐな調子に緊張感がみなぎる一首です。ホテルの料理長でもある作者の『青の食單』は、食材や調理器具の名前で歌を探せる索引付きです。
※松崎英司さんの「崎」の字は、正しくは「たつさき」です。
■『NHK短歌』2020年6月号より

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