よみがえる、伝説の一戦? 趙 治勲名誉名人vs.藤沢里菜女流本因坊

左/趙 治勲名誉名人、右/藤沢里菜女流本因坊 撮影:小松士郎
第67回NHK杯1回戦 第13局は趙 治勲(ちょう・ちくん)名誉名人(黒)と藤沢里菜(ふじさわ・りな)女流本因坊(白)の対局となった。松浦孝仁さんの観戦記から、序盤の展開をお伝えする。

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趙対藤沢。この組み合わせの響きに、熱さと懐かしさを感じるファンは少なくないと思う。若いファンは、「藤沢」とくれば「里菜」を当然連想する。しかし、私のような50代以上の碁好きは、同時に「秀行」という歴史に名を刻んだ棋士の名も浮かんでくる。
令和の前の前。昭和58年のことだ。棋聖6連覇中の藤沢秀行に挑戦したのが当時の名人・本因坊、趙治勲だ。秀行3連勝のあと趙が4連勝。劇的な展開を経て、史上初の大三冠(三大タイトルの独占)棋士が誕生した。
このころ、もちろん藤沢里菜女流本因坊はこの世に影も形もない。秀行おじいちゃんの記憶で印象的なのは9歳のときのことだ。
「初めて秀行合宿(国籍、老若男女を問わず、来るもの拒まず去る者追わずの精神のもとに行われた研究会)に参加しました。怖いと聞いていたのでびくびくしていたのですが、まだ弱かった私をとてもかわいがってくれました。韓国の曺薫鉉(九段)先生に『教えてやってくれ』と頼んでくれたりして。ただ、合宿はこのときが最後の開催。『今度、家においで。教えてあげるよ』とも言ってくれたのですが、実現しませんでした」
おじいちゃんと趙名誉名人の名勝負は棋譜でしか知らない。ただ、組み合わせを知った瞬間、うれしさが込み上げてきたという。おじいちゃんの敵を取るという狭い了見ではない。ずっと第一線で戦っている、これまた歴史に名を間違いなく残す棋士と打てることを喜んでいる。
両者は公式戦初手合。ただし、日本棋院発行「週刊碁」の恒例企画で、一度だけ対戦がある。藤沢が入段を決めたご褒美に組まれたもので、それ以来の対局だ。どれだけ強くなったか。趙も楽しみにしていたに違いない…。いや、趙は藤沢女流本因坊を高く評価している。純粋に勝負を競いにくるはずだ。


■スピード優先の立ち上がり左辺白陣が焦点

趙の先番。随所に、AIの影響が表れている。黒5に手を抜いたのは、のちの黒11の両ガカリを恐れていないからこそ。「カカリに受けよ」は、早晩、格言から外されるのではないか。
白6に黒7のコスミツケは、これまで悪手とされていた。白8と立たせて、敵を強くする利敵行為だと。現代は白10までを換わり、他の大場へ先着するケースが多い。AIはスピードを優先している。
もっとも、そういう感覚的なものだけで着手が決められているわけではない。かつて黒7では、白6の一子をハサむのが常識だった。右辺は黒の勢力圏だから、1図の黒1が多用された。現段階では白2のカケがうまいらしい。黒3、5には以下白12まで。途中の白6のオサエ込みが人類の盲点だった。このあとは黒の着手がより難しい。 
黒11から白26はAI定石。最近はアマチュア同士の対局でも見かけるようになった。長い間用いられてきた白16で2図の白1から黒8は、プロの世界では全く見なくなった。 
「白28はAI由来の構想で、当然左辺を盛り上げる進行を描いています」と解説の張栩名人。トッププロの対局ではAIの基本的な知識を備えておかないと戦えないようだ。
黒35の押しに白36とハネられて黒は悩ましい。3図の黒1と切れればいいのだが、白2に黒3となるとすれば、白4から一気に白10までで取られてしまう。こんなことなら黒31では4図の黒1だったか。これは最近の流行で、黒5の切りを決行できる。

趙は黒37へ。やむをえないとはいえ、白38のカケツギが絶好だ。左辺の白陣を、シノギの名手はどう荒らすのだろう。
※終局までの棋譜と観戦記はテキストに掲載しています。
※肩書・年齢はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK囲碁講座』2019年9月号より

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